('A`)の話のようです1-5.VIP国体


('A`)の話のようです【まとめはこちら】
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-5.VIP国体

 


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 土曜日の午前中からバスを乗り継いで向かった先はVIP総合体育館だった。
 
 快晴の朝は気持ちよく、僕たちを乗せたバスは空いた道をぐんぐんと郊外に向けて進んでいく。青い空が高く見えるのは視界を遮る建物が少ないからだ。
 
 郊外というより埠頭と呼ぶべき風景になってきた。開けた敷地に巨大なコンテナが整列している。そのコンテナの継ぎ目から、空より深い青みをした海がちらりと見えた。
 
('A`)「おぉ~海!」
 
( ^ω^)「海ってやっぱりテンション上がるお~」
 
 わいわいとはしゃぐ僕たち男の子を女子たちはいささか白い目で見ているようだ。わざわざ前の席から身を乗り出すと、呆れた顔でツンは僕たちに肩をすくめて見せた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「来るの初めてなの? 楽しそうねぇ」
 
('A`)「初めてだし! 逆に訊くけど、こんなとこ来る用事あるのかよ!?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「屋内スポーツの大きな大会は大体ここであるからね」
 
从 ゚∀从「スポーツの他には武道もそうだな」
 
('A`)「ブドウ?」
 
 全国規模で行われるブドウ狩りの様子が僕の頭にふわりと浮かび、即座に消えた。半疑問形でオウム返しをした僕の呟きを鋭い雰囲気の女の子が黙殺していたからである。
 
 
2
 
 ハインリッヒ高岡は、写真で見るより実物の方が美しく、しかし威圧感のある雰囲気をしていた。
 
 オーラがあるとでも言えばいいのだろうか? 自分の通う学校のお偉いさんの親族だということを知っているからそう感じるのかもしれないが、なんだか近寄りがたいものを感じる。
 
 初対面からそうだった。
 
从 ゚∀从「お前がドクオか、オレはハインだ、よろしくな」
 
 集合場所だったバス停で高岡さんはそう言い、僕に右手を差し出してきた。僕はその手を取っていいものか逡巡したが、結局頭を下げるようにして握手した。
 
('A`)「ドクオです。よろしくお願いします・・」
 
从 ゚∀从「なんだァ? お前、オレとタメなんだろ、タメ口で話そうや」
 
('A`)「・・はい」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いやその圧で来る相手にいきなりタメ口は無理よ」
 
( ^ω^)「タメ、というか、同格の相手にする態度じゃないお」
 
从 ゚∀从「あぁんそうかァ!? ハ! それはすまんかったな!」
 
 僕は彼女に対してジョルジュと同じ種類の匂いを感じた。つまり、第一印象は最悪だった。
 
 
3
 
 そのジョルジュはというと、白を基調としたタンクトップと半ズボンに身を包み、体育館の床の上で入念なストレッチを行っているようだった。
 
 初めて来たVIP総合体育館は非常に立派で、『体育館』などといった俗っぽい呼称はふさわしくないようにさえ僕には見えた。スタジアムとかアリーナとか、そういった呼び方の方が適切だ。外見も洒落ている。
 
 バスケの試合の用意を施された会場内は壮観で、天井からは立方体のような巨大モニタが設置されている。プロの試合もできそうだ。
 
 そのような僕の疑問は口にした途端に解消された。実際プロの試合も行われることがあるらしい。
 
ξ゚⊿゚)ξ「VIP総合体育館っていうのは正式名称よね? ネーミングライツは企業に売って、プロリーグなんかで使われる時はそっちの名前で載る筈よ」
 
('A`)「へぇ、国体の時は正式名称を使うんだ?」
 
从 ゚∀从「国のやるイベントだからな。命名権にもいくつか種類があって、どの状況でどの名前を使うかとかで値段が変わったりするんだよ。これは一応市か県の持ち物だから、フルライセンスはそもそも販売されなかった筈だ」
 
('A`)「ほぉ~、なるほどね。高岡さんは詳しいんだね」
 
从 ゚∀从「そりゃあ自分の家のことだからな。あ、それと、オレのことはハインでいいぜ、オレもお前をドクオと呼ぶから」
 
(;'A`)「・・・・はぁ!?」
 
 僕は時間差で驚きの声を上げた。
 
 
4
 
从 ゚∀从「なんだァ? 嫌か!?」
 
('A`)「いや、嫌じゃあないけど・・ええと、ここのネーミングライツを買った企業って、高岡さんのお家なの!?」
 
从 ゚∀从「そうだよ。ここはVIP総合体育館、別名シタラバ・タカオカ・アリーナだ。覚えとけ」
 
('A`)「シタラバ・タカオカ・アリーナ・・」
 
 まさか自分の通う学校名がこんなところにも登場してくるとは思わなかった。純粋に驚きだ。
 
从 ゚∀从「ドクオは転校生なんだよな? やっぱよそではこのくらいの知名度か、ウチもなかなかどうして、まだまだだな」
 
('A`)「というか、学校やってる家じゃなかったの?」
 
从 ゚∀从「学校? やってるぜ」
 
( ^ω^)「学校もやってる、って感じだお」
 
('A`)「も」
 
 学校法人を副業でやっているような口調で言われ、その規模の大きさは僕の想像力を超えていた。
 
 
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('A`)「う~ん、よくわからない。とりあえずわかったのは、高岡さんは僕が思ってたよりずっとお嬢様らしいということだけだ
 
ξ゚⊿゚)ξ「それだけわかってりゃいいんじゃない? あたしらもハインの家が実際どのくらい大きいのか、よくわかっていないもの」
 
从 ゚∀从「気にするな、実はオレもよくわかってねぇ!」
 
( ^ω^)「まあ、とにかく凄いと思ってれば、あまり困ったことにはならないお」
 
 会場内にブザーが響いた。どうやら試合開始が近づいているらしい。依然としてストレッチをしていたジョルジュも立ち上がり、ベンチの方へと集まっている。先日目にした流石兄弟の存在も確認できた。
 
 派手ではないがしっかりとした選手紹介が行われ始めた。宙づりにされた巨大なディスプレイに所属と名前が表示され、名前がアナウンスされた選手は大きな声で爽やかな返事を返して試合会場の中央へと整列していく。
 
('A`)「おお~、高校生の爽やかな部活って感じ!」
 
 ジョルジュの番だ。VIPのしたらば学園から来た高校2年生であることが紹介される。なんとジョルジュは4月1日が誕生日であるらしく、嘘のような話だなと僕は思う。
  _ 
( ゚∀゚)「ハイ!」
 
 名前を呼ばれたジョルジュはハツラツとした返事で右手を挙げた。
 
 
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('A`)「ん・・ひょっとして、2年生までしか出ないのか?」
 
 知っている選手などジョルジュと流石兄弟くらいしかいないので、選手紹介をぼんやりと眺めるしかなかった僕は呟くようにそう言った。さらには2年生も少数派であり、高校1年生が主力メンバーであるかのような印象だ。
 
 その呟きも終えないうちに、驚愕のアナウンスが場内に響いた。
 
('A`)「え、中学3年生!?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そう、中学3年生。ジョルジュが参加する国体少年部は、中学3年生から早生まれの高校2年生までが対象なの。ジョルジュも流石兄弟も早生まれなのよ」
 
('A`)「4月1日生まれって早生まれなのか!?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ、早生まれは4月1日まででしょ、次の学年になるのは2日からよ。知らなかった?」
 
('A`)「知らなかった・・」
 
 嘘のような話だな、と僕は再び思ったのだった。
 
ξ゚⊿゚)ξ「だからジョルジュは、同級生の中では絶対一番年下なのよ。あたしたちの中でも一番下ね」
 
( ^ω^)「ジョルジュが一番年下って、なんだか面白い話だお~」
 
 
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 痛感した。どうやら僕は知らないことだらけであるらしい。
 
 何よりバスケがわからなかった。試合開始前の雑談タイムに色々聞こうと思っていたのだが、高岡家の話をしていてその時間は潰れてしまっていた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「さてと、そろそろ始まるわよ」
 
 試合に出場する選手たち全員の紹介が済み、ティップオフの儀式が行われるまでに僕が得られたバスケの知識はバスケでは試合を行うフィールドのことをコートと呼ぶことくらいのものだった。
 
 つまり、ほとんどゼロだ。
 
 ティップオフで試合が開始する。会場中に歓声が響く。深緑を基調とした相手の選手に弟者が競り勝ち、こぼれたボールをジョルジュが拾って歩き出す。
 
 9月生まれの僕からしたら半年以上年下の男は、堂々とした態度でバスケットボールをコートに弾ませていた。
 
 
8
 
 矢のようなパスだった。
 
('A`)(この間みたいに、遠くからいきなり打つのかな?)
 
 そんなことを考えていたら、ジョルジュはドリブルの中でボールを左手に受け渡し、それを自然な動きから投射していたのだった。
 
('A`)「うおッ」
 
 驚きに小さく声が出る。大きく振りかぶったわけでもないのに、ジョルジュから放たれた茶色のボールは、定規で引いた直線のようにまっすぐ飛んでいく。
 
 速い。ハンドボールのシュートのような弾道だ。こんなの誰が捕るんだよ、と思っていると、その行き先にはさっきまでコートの中央でボールを競い合っていた弟者が走り込んでいた。
 
 いつの間に。そう思う間もなく弟者はボールを掴んでジャンプした。ビッグマンと呼ばれる体躯が宙に浮く。
 
 そして弟者は、十分に飛び上がった空中で、リングにボールを直接叩きつけるようにして入れたのだった。
 
 
9
 
('A`)「うおおすっげェ!」
 
( ^ω^)「スラムダンクってやつかお!?」
 
 僕らは声を上げて興奮する。会場中が沸いていた。
 
 高岡さんも手を叩いている。そして彼女は右手の指で輪を作り、それを口にくわえて指笛を鳴らした。
 
从 ゚∀从「ヒュー! かっけぇぜ!」
 
ξ゚⊿゚)ξ「まずはかましてやったわね。この次の守備が大事よ」
 
 そうツンに言われたからというわけではないだろうが、相手の攻撃を迎えるジョルジュ達には闘志が漲っているように僕には見えた。
 
 腰を落として両手を広げ気味に、ジョルジュは相手のボール保持者を睨みつけているようだ。絶対にこの先には行かせない、といった雰囲気である。
 
 練習と本番ということだろうか。この前ツンと観戦した練習試合では見られない圧力を相手に与えているように僕には見える。
 
 
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 結局相手はジョルジュを抜くことは考えず、少し離れて隣にいる味方の選手にパスをした。僕はその選手の守備につく男を知っている。
 
('A`)「お、兄者だ。控えなんじゃなかったっけ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「今日はスタメンみたいね。まあ実力は十分あるし、2年生だし、作戦によってはありじゃない?」
 
( ^ω^)「ジョルジュは右利きじゃあなかったかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「利き手? そうね、ジョルジュは右利きよ」
 
( ^ω^)「おっおっ、右利きなのに、左手であんな正確で強いパスを出せるなんて、ジョルジュは凄いお~」
 
('A`)「確かに。練習してもできる気がしないな」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ボーラーは皆そうだけど、特にポイントガードは両手を自在に使えないとね」
 
( ^ω^)「皆できるのかお? 凄いお~」
 
ξ゚⊿゚)ξ「もちろんできない人も中にはいるでしょうけどね。でも、ジョルジュはできるわ」
 
 ふふん、とツンは出来の良い息子を自慢する母親のように得意げな顔をした
 
 
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 やはりジョルジュについての話をするツンの口ぶりからは特別な関係性がひしひしと感じられる。何も知らないのだろう、観戦しながら色々とツンに質問をするブーンにツンは楽しそうに語って返す。隣で繰り広げられるそんな話をどんな顔で高岡さんが聞いているのか、彼女と一番離れた席についている僕にはまったくわからないのだった。
 
 積極的に会話に加わってくることはないが、高岡さんは高岡さんなりに声を上げたり膝を叩いたり、派手なプレイには指笛を吹いたりしている。おそらく楽しめてはいるのだろう。本心はどうであれ。
 
('A`)(ま、高岡さんの本心なんて僕の知ったことじゃあない。揉めそうにないなら何でもいいさ)
 
 もっとも、揉めたところで僕にできる介入はひどく限られているのだが。
 
 コート上では兄者がボールを持っていた。ダムダムと床にボールを弾ませながら、何やらチームメイトたちに身振りを交えて指示を出している。その指示に従って白いユニフォームの選手たちが立ち位置を変え、それに伴い緑色のユニフォームの選手たちが立ち位置を変える。
 
 その配置の何が良いのかサッパリ僕にはわからないのだが、とにかく兄者は満足した様子でドリブル突破を仕掛けていった。その先には兄者とよく似た見てくれで、体格だけが明らかに勝った弟者が気をつけのような姿勢で立っている。
 
('A`)「似た顔同士でパス交換して混乱させようとでもしてるのか?」
 
 そんな僕の頭に浮かんだ素朴な疑問はただちに否定されることとなる。
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「違うわよ、あれはスクリーンプレイ」
 
('A`)「すくりーんぷれい」
 
 僕の持つ『スラムダンク』由来の辞書には載っていない単語だ。まったく意味がわからない。
 
 しかし結果から過程の狙いを逆算的に考えることは僕にもできた。弟者は兄者の担当ディフェンスの邪魔をしようとしたのだろう。兄者よりも大きな体を利用して、ただ立っているだけで邪魔をする。兄者は弟者の脇をかすめるようにしてドリブルをつく。
 
('A`)「こんな妨害、反則じゃないの?」
 
 僕は素直にそう思ってしまうのだった。
 
 しかし僕がどのように思ったところで審判の笛は吹かれない。兄者はゴールに向かってぐんぐんと進む。このまま進んだら簡単なレイアップシュート、通称庶民シュートが打ててしまうことだろう。
 
 相手チームはそれを阻止するべく、こぞってゴール下へとディフェンスが集まる。それをかいくぐるようにしてシュートを打つのか? 打たなかった。兄者は向かってくるディフェンダーのすぐ隣を通り抜けるような軌道で、地面にワンバンするパスを出した。
 
 そしてその先にはジョルジュがいたのだ。
 
 
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 ジョルジュがボールを受けたのはスリーポイントラインの外だった。当然シュートを打つだろう。
 
ξ゚⊿゚)ξ「スリー!」
 
 ジョルジュを応援する金髪の少女から声援が飛ぶ。僕は食い入るようにジョルジュを見つめる。
 
 美しい動きだ。
 
 茶色のボールを両手に持ったジョルジュは一瞬沈むような動きを見せ、そこから縮められたバネが解放されるように、まっすぐ真上に飛び上がった。滑らかな動作でボールが宙へと運ばれていく。そのシュートの邪魔ができるものはどこにもいない。
 
 そう思っていたのだが、爆発的な速さでジョルジュに向かっている緑色のユニフォームがいた。
 
 一歩一歩のシューズと床との摩擦がここまで伝わってくるようだった。
 
 冗談のような動きで空中のジョルジュへ飛びかかったその男が指の一本一本を広げて右腕を伸ばしてくる。重力加速度に従い空中で動きが止まったジョルジュの元へと伸びていく。
 
('A`)「ぅお届くのか!?」
 
 僕は反射的に背筋を伸ばした。
 
 
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 審判の笛が鳴っていた。
 
 ファウルだ。どうやら彼のシュートに対する妨害は、ボールではなくジョルジュの右手に当たってしまっていたらしい。
 
('A`)「あ~あ・・しかし、あんなとこから届くのか」
 
 僕にはそのこと自体が驚愕だった。
 
ξ゚⊿゚)ξ「今のはジョルジュが悪い。フリーだと思ってシュートに時間をかけすぎたわね。慎重に狙おうと思ってのことなんだろうけど」
 
( ^ω^)「僕にはとても滑らかで自然な、良いフォームに見えたお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「時間があればそれでいいんだけどね、あいつはもっとクイックに打てるシュートも持ってるのよ。相手にクックルがいるのにそれは駄目」
 
('A`)「クックルって、今のブロックした選手?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。留学生で、身体能力がケタ違いなの。クックルでもなければあれでよかったんだろうけど」
 
('A`)「まぁ確かに、陸上選手みたいな速さだったもんな」
 
从 ゚∀从「まあまあ、でもファウルだろ。3本フリースローならいいじゃんか」
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「それはそうね。でも、ファウルじゃなくてもおかしくなかった。やっぱりクックルは恐ろしいプレイヤーだわ」
 
 それまでほとんど会話に加わることのなかった高岡さんの発言にも、ツンは特別な反応をしなかった。ブーンもそうだ。
 
 彼らに不協和音はないのだろうか? 僕ひとりがソワソワしているようである。ツンは何の引っかかりも感じさせない口調で言葉を続ける。
 
ξ゚⊿゚)ξ「それにね」
 
 僕らの視線の先ではジョルジュがフリースローを打つためのラインの上に立っている。スローラインだ、と僕はそこからダーツを連想する。
 
 フリースローを打とうとするジョルジュの構えは少しだけ左足を後ろに引いたほとんど正面を向いた形で、ダーツフォームのセオリーからは外れているな、と僕は思う。ダーツだったらもっと半身に近い方が良いことだろう。
 
('A`)「・・あ」
 
 ガシャンとボールがゴールリングに当たる音。金属製の輪っかに弾かれたボールはネットをくぐることなく床に弾んだ。
 
 スローフォームに僕が心の中で難癖をつけたことが原因では決してないだろう。しかし、それでも僕は何となく気まずい気持ちになるのだった。
 
 
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 ツンが大きくひとつ息を吐く。そして呟くようにして言った。
 
ξ゚⊿゚)ξ「それにね、ジョルジュはフリースローがへたくそなのよ」
 
('A`)「へたくそ」
 
( ^ω^)「へたくそ」
 
从 ゚∀从「・・へたくそ」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そう、へたくそ。ひどい日は半分くらいしか入らなかったり、下手したら半分以上外したりするからね」
 
( ^ω^)「・・それって、練習で何とかならないのかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「どうにかなるならとっくにどうにかしてるわよ。こればっかりは無理なんじゃないかしら、才能のせいにするのはあまり好きじゃあないんだけど、恵まれなかったとしか言いようがないわ」
 
 熱心に応援してくれる女の子がボロカスに評したからか、ジョルジュは続く2投目のフリースローも見事に外した。
 
('A`)(フリースロー・・下手なのか)
 
 僕は心の中で呟いた。
 
 
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 3本目のフリースローは何とか成功した。
 
 本当に“何とか”成功したという感じだった。やはりリングに当たったボールは上に弾かれ、その後2度ほどリングの上を成功と失敗の狭間で飛び跳ね、ようやく気が済んだといった調子でゴールしたのだ。
 
 フリースローの成功を褒めるというよりは安堵したような声援が飛ぶ。
 
从 ゚∀从「普通の上手いやつらはフリースローってどのくらい入れんの?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうねぇ、やっぱり人によってまちまちだけど・・それこそ、上手な人は9割がた成功させたりするわね。ほぼ完ぺき」
 
从 ゚∀从「9割! サッカーのPKより全然決まるんだな」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あっちはキーパーがいるじゃない。フリースローは純粋に自分との勝負だから、極端なことを言ったら決まらない方がおかしいのよ」
 
( ^ω^)「それはまた極端な意見だお~」
 
ξ゚⊿゚)ξ「もちろん100パーはありえないんだけどさ、でも、だってそうじゃない?」
 
('A`)「まあ、十分練習した上で、同じ動作で同じように投げれば、同じように成功する筈なわけだからね。理論上は」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうそう。リロンジョウはそうじゃない?」
 
 
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 ダーツプレイヤーである僕にはツンの言っている理論上の話がよくわかった。しかし同時に、それがたいへん難しいことも同時に実感できた。
 
('A`)(ダーツとフリースローは似てると貞子さんが言ってたな・・)
 
 それではジョルジュはダーツもへたくそなのだろうか?
 
 容姿に恵まれたバスケ部のエースで可愛い彼女を持っている上、また別の種類の美しさをした浮気相手にも事欠かないのであろう、完璧超人のような同級生の数少ない短所を知った僕はなんだか楽しいような気分になった。実に愉快なことである。
 
 しかしフリースロー以外のプレイではジョルジュはきわめて優れているようだった。
 
 県選抜チーム同士を戦わせる全国規模の試合だというのに、ジョルジュのプレイは明らかに目立っているのだ。
 
 コート上を支配しているようである。ジョルジュがボールを持つと、次はどのようなドリブルを見せ、どのようにパスを出すのかと楽しみになってしまう。そしてそのように思っていたら、不意にシュートを自分で放って決めるのだ。
 
 今度もまたそうだった。
 
 僕には反則にしか見えないスクリーンによる妨害だ。それでマークを剥がしたジョルジュは、クックルが到底追いつくことができない位置から長いスリーポイントシュートを成功させたのだ。
 
 
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 単純に考えて、相手がいる状態で動きながら放つロングシュートより、自分ひとりの時間を与えられて近い距離から放つ方がどうやったって簡単だろう。しかしジョルジュはそうではなかった。
 
 とても不思議なことだが、事実そうなのだから仕方がない。ツンが言う通り、ジョルジュはフリースローが下手だった。
 
 本格的にそれが相手にバレてからは、ジョルジュがシュートをしそうになると、ファウル前提の激しい当たりに晒されることになった。ドリブルもそうだ。決定的な突破ができそうになると、半ば強引に止められる。
 
 パスはできるが、パスしかできない状況でのパスに意外性は生まれないことだろう。明確な欠点があるというのは大変なことだな、と僕は思った。
 
 笛が鳴って試合が中断された。ジョルジュはベンチに深々と腰掛ける。
 
ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュ、交代かもね」
 
 肩をすくめたツンがそう言った。
 
( ^ω^)「う~ん、残念だお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いつもはもうちょっとマシなんだけどね、流石に今日のフリースローはひどすぎる」
 
 
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 はたしてジョルジュは交代となり、コートには帰ってこなかった。
 
 もっとも興味を引かれる選手がいなくなったのだ。観戦への熱も自ずと冷める。僕は素朴な疑問を口にした。
 
('A`)「なんでスリーポイントシュートは入るのにフリースローが下手なんだろうね?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「さぁねえ。昔はそんなことなかったんだけどね」
 
从 ゚∀从「むかし?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「特にミニバスの頃なんかはね。あいつ、早生まれじゃん? 子どもの頃の半年や1年ってほんとに大きな差だから、フィジカル的に相当苦労してて、邪魔せず打てるフリースローが一番の得点源だったのよ」
 
从 ゚∀从「へぇ~。今ではでかい方だけどな。180いってるのか?
 
ξ゚⊿゚)ξ「180はないんじゃないかな。177とかだったと思う。ポイントガードとしては十分ね、ただ」
 
从 ゚∀从「ただ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「NBAプレイヤーになるなら183センチは欲しい」
 
 
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 その単語を聞いた瞬間、僕は軽く吹き出してしまった。
 
('A`)「NBA!? って、あのアメリカの?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ、あのNBA。ナショナル・バスケットボール・アソシエーション」
 
( ^ω^)「そんな正式名称だったのかお」
 
('A`)「NBAプレイヤー・・そんなの、なれるのか?」
 
ξ゚ー゚)ξ「さあね。そんなの知らないわ」
 
从 ゚∀从「いや言い出したのお前だろ」
 
ξ゚⊿゚)ξ「だってそんなのわからないもの。ただ、ジョルジュには一番上を目指して欲しいなって思ってるだけよ」
 
('A`)「ふえぇ~凄い話だな」
 
( ^ω^)「歴史上で何人かしか日本人NBAプレイヤーはいないお? たとえば総理大臣になる! って方が確率的には現実味がある筈で、同級生がそんなことになってるなんて、なんだか不思議な感じだお」
 
从 ゚∀从「・・可能性は、ゼロじゃあないのか?」
 
 
22
 
 そんなの知らないと言われた僕の質問と同じような内容だったが、高岡さんの質問に対してはツンはきちんと答えようとしているようだった。少し唸るようにして考え込み、カールがかった金髪を指先でいじる。
 
ξ゚⊿゚)ξ「ゼロでは、ないと思う。思いたいってのもあるけどね」
 
从 ゚∀从「ほ~う。その場合、いったん日本のプロチームに入るのか?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いいえ。もっとも理想的かつ現実的なのは、大学からアメリカのところに行って、そこで結果を残してドラフトされるパターンなんじゃあないかなと思う。Bリーグがだめってわけではないけどね」
 
 そしてツンはアメリカにおけるバスケットボール文化の背景や、大学から留学するメリットについて説明してくれた。残念なことに、僕にはよくわからない部分が多かったのだが。
 
 そもそもバスケにそれほど興味がなかったのだからしょうがない。かつて『スラムダンクを読んだ時分に心を熱くしたのは事実だが、『ヒカルの碁に感動した読者の内、いったい何人が碁を打てるようになったというのだろう?
 
 そんな僕でもNBAプレイヤーが凄いというのはわかる。総理大臣になるというのとどちらの方が将来の夢としてぶっ飛んでいるのかは判断ができないが、どちらも同様に僕には一生考えもしないことだろう。
 
 
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 そんなことをぼんやりと考えながら試合を眺める。どうやらジョルジュがいなくなった後のVIP選抜チームの中心は流石兄弟であるようで、先日何の気なしに観戦した彼らとジョルジュの練習試合は、実は県内屈指の好カードだったのかもしれない。
 
('A`)(もっとバスケに詳しくなってから見てればよかったのかな、もったいなかったことだなあ)
 
 それまでジョルジュと兄者が分担してタクトを振っていた白いユニフォームの攻撃はほとんど兄者が起点となっているようだった。そこに主に弟者が絡み、コンビネーションを使ってできるだけフリーでシュートを打っていくようなイメージだ。
 
 流石は県選抜チームということだろう、ジョルジュがいなくなってもそれほど機能性が失われているようには見えなかった。ツンが言うところによると、そもそも県選抜チームはチーム練習をろくに積むことができないので、基本的に同じ高校出身選手のコンビネーションや純粋な個人技に頼ることになるのだそうだ。
 
ξ゚⊿゚)ξ「もちろん簡単な約束事や、ボーラーなら常識だろって連携はできるんだけどね。代表チームって性格上、どうしてもそうなってしまうよね。だから機能性が損なわれないというよりも、そもそも損なわれるような上等な機能性はないと言った方が正しいのかも」
 
 サッカーの代表チームに関する話題を頭に浮かべる。バスケと比べてよっぽど接する機会があるからだ。
 
 僕はサッカーについてもズブの素人だが、クラブチームに比べて代表チームの方が連携面や戦術の習熟度で拙い傾向にあり、そのせいもあってチームでは圧倒的な存在感の選手が代表では意外と活躍しない、といった現象が起こりうることくらいは知っている。
 
 
24
 
 ジョルジュはVIP選抜チーム唯一のシタガク出身の選手である。それが全体の攻撃を司るような働きをしていたというのは――
 
('A`)(ひょっとしたら、ジョルジュはバスケを知らない僕が今思っているよりずっと、凄いことをしているのかもしれない)
 
 試合を眺めながらそんなことを頭に浮かべていると、再び笛が鳴って試合が中断された。作戦タイムか? 違った。選手交代だ。
 
 コートの脇にジョルジュが立って待っている。
 
( ^ω^)「お? ジョルジュ入るのかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうみたいね。知ってると思うけど、バスケは出入り何回でもできるから」
 
( ^ω^)「おっおっ、またフリースロー地獄にならないといいお」
 
从 ゚∀从「あれって何か対策あるのか?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「フリースローをちゃんと入れる」
 
从;゚∀从「いやそれは」
 
ξ゚⊿゚)ξ「でもそれしかないもん。フリースローは本来もっとも得点効率の高い、相手に対するペナルティ的なものだからね、フリースローが入らないって、ぶっちぇけふざけんなって感じだと思う」
 
 
25
 
(; ^ω^)「こりゃまた辛辣な意見だお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「それにファウルする回数にも限度があるからね。試合も終盤になってきたし、とはいえファウルゲームをするような状況でもないから、相手がどうするか見ものね」
 
('A`)「――ジョルジュが取るべき対策は?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「何が何でもフリースローをきっちり決める。特に最初。最初で印象が決まるでしょ。あとは」
 
('A`)「あとは?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ボールハンドラーは兄者に譲る」
 
 実際にジョルジュはそのようにした。
 
 バスケにおける司令塔のポジションはポイントガードだ。とはいえこの呼称は僕らが勝手にそう呼んでいるだけで、たとえば野球のようにピッチャーだからマウンドに上がっているというわけではないし、サッカーのようにキーパーだからグローブをはめているというわけではない。ポイントガードの性質をもった選手が何人コートの上にいてもいいのだ。
 
 しかしボールは1個なので、それを持って攻撃をコントロールする選手が、その攻撃ではポイントガードの役割をするということになる。先ほどジョルジュと兄者はそれを分担して行っていた。それをジョルジュはしなくなったわけである。
 
 
26
 
 ではジョルジュは何をするのかというと、動き回ってフリーの状態を作り出し、出されたパスをもらってシュートを打ったり、ドリブル突破を試みたりするようになったのだった。
 
('A`)(でもそれってやっぱりファウルで止められるんじゃないの?)
 
 そう思った僕の疑問は見事に却下された。
 
( ^ω^)「なるほど、ボールを持っていない動きの中でマークされる選手を入れ替えさせて、簡単にファウルをできない相手を標的にするのかお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ご名答。それが上手くいった時だけジョルジュで攻める。これならシュートの妨害は試みるけどなるべくファウルは犯せない、“普通”のディフェンスを相手にすることになる」
 
 言われるまでまったく気づかなかったが、確かに白いユニフォームの選手たちはそれを目的として動き回っているようだった。
 
 時にはその狙いを逆手にとって、できたフリーの選手がシュートを放つ。ゴールへ突進した選手へパスを通そうと試みる。しかし、基本的には、ジョルジュの担当ディフェンダーが特定の選手になるよう働きかける。
 
 簡単にファウルをできない選手。それは替えの利かない選手、多くの場合はエースと呼ばれる存在だろう。
 
 つまりそれは異常な身体能力を持つ留学生、クックルだったわけである。
 
 
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○○○
 
川д川「留学生との1on1祭りか~ 熱いね! 私も見たかった!」
 
 ダーツ練習がひと段落つき、だらりと行う雑談の中で提供した国体バスケ見学の話は貞子さんに食いつかれていた。
 
('A`)「ほとんど知識がない僕でも面白かったですよ。貞子さんならなおさらだったでしょうね」
 
川д川「やっぱり行けばよかったな。クーがやっぱやめとこうって言うから~」
 
川 ゚ -゚)「だってこいつマジで怒りそうなんだもん。思春期かよ」
 
('A`)「こちとら高2の思春期じゃい」
 
川д川「まあでも確かに、ヘソ曲げられてもうご飯作ってくれないとか言い出したら困るからねぇ」
 
川 ゚ -゚)「思春期の少年が友人の前でかかされる恥の恨みは深いからな。君子は危うきに近寄らないのだよ貞子くん」
 
川д川「勉強になります。でも行きたかったな」
 
 楽しかったですよ 、と僕は言った。
 
 
29
 
川д川「まあいいや。それで、その1on1祭りはどうだったの?」
 
('A`)「おっしゃる通り、熱かったですよ」
 
 実際あれは熱かった。
 
 緑色のチームはこちらの狙いを察すると、やがてクックルを直接ジョルジュのマークにつけるようにしてきたのだった。それを見たこちらはジョルジュにボールを持たせるようになる。そうして祭りは始まった。
 
 クックルを攻めるというのなら、受けて立とうというのだろう。
 
 クックルになら攻めさせてやるというのなら、攻めてやろうというのだろう。
 
 お互いの一番の長所のどちらが長いのかを比べ合うような争いだった。
 
 とても効率の良い攻撃だったようには見えなかった。しかしジョルジュはそれを制した。
 
ξ゚⊿゚)ξ「クックルが一番怖いのは、ヘルプで飛んでくるディフェンスよ。最初から対峙するのは、もちろんとってもしんどいんだけど、見えないところから殴られるわけではないというところがキーポイントかしらね」
 
 その争いをツンはそのように評していた。
 
 
30
 
 とても効率が良いわけではなかったが、優位に立ったのはジョルジュだった。そしてその優位性は、そのまま相手のオフェンスにも影響してきたのだった。
 
 リズムが狂ったというやつだろう。それまで決められていたシュートが決まらないようになり、そしてジョルジュはディフェンダーとしても優れているようだった。
 
 相変わらずフリースローはよく外していたが、最初に交代させられた時のような壊滅的な状況では決してなかった。2本に1本は入るという印象だ。
 
 どうやらバスケットボールの常識としては、シュートは半分入れば上出来らしいので、半分以上入るフリースローを闇雲に与えるのは得策ではないらしい。
 
('A`)(しかし、フリースローがへたくそなバスケ部のエースね)
 
 彼はダーツも下手なのだろうか?
 
 スローラインに立ってダーツ盤を睨み、僕はそのような疑問を持った。
 
 
 
   つづく