('A`)の話のようです1-4.『バーボンハウス』のカレーは旨い


('A`)の話のようです【まとめはこちら】
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-4.『バーボンハウス』のカレーは旨い

 


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 僕にはわけがわからなかった。
 
 あれは本当にジョルジュ長岡なのだろうか?
 
 様々な思考が頭を巡る。
 
 強火にかけたお鍋のようだ。ブクブクと絶え間なく気泡が浮き上がっては水面に至ってはじけて消える。そのほとんどが断片的なもののように感じられ、言語化が難しい。視覚情報から得られた刺激が多すぎて処理しきれていないのだ。
 
 怒り。
 
 この感情がもっとも近いのかもしれない。しかしその中には嫉妬であるとか、疑問、それに対する反論、落胆や失望といった感情も一定の割合で含まれているように感じられる。
 
 そのように自分を客観視できる程度には冷静さを取り戻せてきたということだ。
 
 大きくひとつ息を吐く。ジョルジュらしき男と、少なくともツンではないのだろう女は、とっくにホテルに入っており、僕の視界には存在しない。
 
 そんな状態のまま、僕はしばらくその場に立ち尽くしていたというわけだ。表面にどれだけ表れたのかは知らないが、なかなかの動揺ぶりだと言えるだろう。
 
 
2
 
('A`)「うわ、めちゃくちゃ時間が経ってるな」
 
 時計代わりのスマホを見た僕はそう呟いた。元々お散歩がてらに遠くのコンビニへ遠回りして向かっていたのだ姉やその友人を心配させるのに十分な時間が経過していたことだろう。
 
川 ゚ -゚)『お~い、迷子か?』
 
 そのようなメッセージが送られてきているのに僕は気がついたのだった。気を取り直して既読にし、返信用のメッセージを作成する。
 
('A`)『ちょっとお散歩してた。もうすぐ帰るよ』
 
川 ゚ -゚)『了解。アイスを忘れるなよ』
 
('A`)『板チョコアイスだったっけ?』
 
川#゚ -゚)『ブラックモンブランだっつってんだろババア!』
 
 すっとぼけた僕のメッセージに反抗期の中学生男子のような返信をクーは寄越した。僕は自分にババアと呼ばれる筋合いがまったくないことを注意深く確認し、『ティマート』というコンビニへ足を踏み入れ、必要なアイスを必要なだけ買った。
 
 
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○○○
 
 例の男が本当にジョルジュ長岡なのかどうかは結局僕にはわからなかった。
 
 先日、流石兄弟という、身長以外はほとんど同じような見た目をしているふたりを僕は見ている。その場合と同様に、何らかの長岡姓を名乗る男や、単なる精密な他人の空似であった場合を考えると、どうしたって僕には確信が得られない。
 
 しかしそんなものは必要なかった。言いがかりや逆恨みには必ずしも真実が必要ではないのだ。
 
('A`)(それに、仮に証拠があったとしても――)
 
 僕に起こせる行動はひどく少ない。本人にことの次第を問い詰めたり、ツンに告げ口をするようなことを僕は積極的にやらないだろう。せいぜいひとりで悶々と考え込むというのが関の山だ。
 
('A`)(つまり、今の状況と何も変わらない。だったらやっぱりその情報は僕には必要ないんだ)
 
 そんなことを考えながら、僕は翌朝いつも通りの時間に登校をした。
 
 すると、問題の女が誰だかわかってしまったのだった。
 
 
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('A`)「――!」
 
 下駄箱から入ったところにある掲示板に大きく掲げられていた地元紙の記事、その写真の中に彼女はいた。
 
('A`)(似ている・・いや、たぶんこいつだ)
 
 ラブホに入る男をジョルジュではないかと思うよりずっと高い確信度で、僕はこの紙面の女をその男の連れ合いだと認識していた。
 
 そこまで鮮明な写真ではない。サイズも小さいし、画質も荒いし、白黒だ。しかし、それでも伝わってくる鋭い雰囲気とこちらを睨んでいるような大きな目、ざっくりとした薄い色合いの髪の毛が特に印象的だ。
 
 どうやら彼女は美術部員であるらしく、その絵がここVIP市のコンクールで入賞したとの記事だった。入賞した絵と、それを描いた女の子が一緒に写真に写っているのだ。
 
 その絵はバスケットボール選手がドリブルでディフェンスを抜き去る一瞬を切り取ったような内容で、しかし本来相手が構えているべき場所はただの空間になっていた。ただの空間を避けているようなものなのに、その迫力に満ちた動きは、そこに抜き去られるディフェンスの存在を確かに絵を見る僕に感じさせる。
 
 ドリブルをする選手はこちらに背中を向けており、その顔や表情は見ることができない。それでもこの絵はきっとジョルジュがモデルなのだろうな、と僕は思った。
 
 
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 彼女の名前はハインリッヒ高岡というらしい。それを僕は記事内と、朝のホームルームで知ることになった。担任の口からその話題が出たのだ。
 
( ´∀`)「掲示板にも貼ってあったから皆知ってると思うけど、高岡さんの絵が入賞したモナ。皆で拍手を贈るモナ!」
 
 この教室内にその高岡さんがいるわけではない。しかし担任のモナー先生も、実力テストの開催には文句を言っていた生徒たちも、皆で揃ってたっぷり5秒間ほど拍手を贈った。
 
 正直意味がわからない。宗教的な印象を受けて僕は若干引いていた。
 
('A`)「なんで今皆で・・? シタガクだからか?」
 
 おざなりな拍手をお付き合いで贈る僕の呟きが聞こえたのか、くるりと前の席の女子がこちらを向いてきた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「ああ、ドクオは知らないか。シタガクだからってわけじゃないけど、でもそっか、シタガクだからってことになるのかしら?」
 
('A`)「何それ」
 
( ^ω^)「ハインはウチの理事長の親類なんだお。だから、表彰なんかされたら大々的に取り上げられるというわけだお」
 
 
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 どうやら敬意を忖度で過剰包装して行ったようなものだったらしい。なんとも俗っぽいことである。
 
 とはいえ彼女の絵が受賞したのは事実であり、またその絵はエネルギーに満ち溢れたある種の迫力を僕に感じさせるものだった。実際拍手を贈られるべき作品なのかもしれない。
 
 ただ一点気になるとしたら、その絵のモデルがこの学校のバスケ部のエースことジョルジュ長岡なのではないかという疑念が僕にあって、この絵の作者とモデルが肉体関係にある可能性があることだ。
 
 拍手が止んだタイミングで教室の扉が開けられ、そのバスケ部エースが登校してきた。
  _
 ( ゚∀゚)「なんだァお前ら、拍手止めるのか? おれのことを描いた絵なんだから、おれにも拍手があってもいいんじゃあないか?」
 
 そして彼は自分がその絵のモデルであると高らかに宣言したのだった。
 
 彼らの関係性に関する僕の疑念はより一層深いものとなった。
 
 
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 もちろん僕がその疑念を表に出すことはなく、僕の人間関係に変化が生じることはなかった。
 
 ジョルジュとは変わらず必要最小限のコミュニケーションしか交わさない。ブーンとの会話の話題は彼の実家でもある僕のバイト先『バーボンハウス』での仕事に関する内容が自ずと中心となる。そして、ツンも交えて勉強の話をしたりする。
 
 この医学部を目指す才女は先日行われた実力テストで学年3位には入りたいと言って僕を驚かせたものだったが、実際彼女は学年で3位の総合点を取っていた。そして、学年トップは何を隠そうブーンだったのである。
 
 廊下に張り出された成績上位者の名前を眺め、僕は目を丸くしたものだった。
 
('A`)「すっげぇ、どんだけ勉強したら学年トップなんかになるんだよ」
 
( ^ω^)「いや別に。毎日コツコツやってるだけだお」
 
('A`)「お前がこんなに成績良いなんて知らなかったぞ」
 
( ^ω^)「訊かれなかったし、わざわざ言うようなことではないお~」
 
ξ゚⊿゚)ξ「こいつが言うと、なんだか嫌味な感じがしないってのが何より恐ろしいところね。勝てる気しないわ」
 
( ^ω^)「おっおっ、いつでも相手になってやるお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いやだから勝てる気しないっての。挑むわけないでしょアホらしい」
 
 
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 今日も僕はバイトの日だった。放課後『バーボンハウスにまっすぐ向かうか、食堂にでも行って何か軽く食べておくか、教室で本日出された宿題をさっさと処理しておこうかと考える。
 
 僕の後ろは既に空席になっている。バスケ部のエースは部活に直行したのだろう。そして、僕の隣も空席になっていた。ブーンもまた用事があると言ってはさっさと家路についたのだ。
 
 まっすぐ家に帰るのだとしたら僕のバイトと行先は一緒だ。お誘いあわせの上向かっても良いようなものだが、ブーンはそのような誘いをかけることなく、とっととひとりで行っしまった。そこで僕はなんとなく『バーボンハウスへすぐ行く機会を逃したような気持になって、これからの身の振りようを考えなければならなくなったわけである
 
('A`)(つまり、『バーボンハウス』直行はなしだな。食堂にでも行って気が向いたら何か食べて、そそられなかったら飲み物買って帰ってくるか・・)
 
 僕はそのように考えた。わりと妥当なところだろう。バイトがはじまるまでの2時間程度のうち、移動と支度を除いた1時間余りを潰さなけらばならないのだ。
 
 ふと前の席に目をやると、ツンはそこにはいなかった。ただし荷物はそのまま残っていて、下校してはいないことがわかる。行き先などわかる筈がないので僕にできることは何もない。正確にいうと、なかった。
 
 食堂に行く途中、その近くの掲示板に貼られた地元紙の記事を眺めるツンを見つけるまでは。
 
 
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 しかし、近寄って声をかけるというのもなんだか不自然なように思われた。第一何と言えばいいかわからない。
 
('A`)「やあツン、その記事に載ってる高岡さん、こないだジョルジュとラブホに入っていってたよ。ところでツンはジョルジュと付き合ってるの?」
 
 このようなことを訊ける筈がないではないか。
 
 少し考えてはみたのだが、どう考えてもこのまま何もせずに立ち去るのが賢明だった。僕は彼女を探索していたわけではなく、食堂で今提供してもらえるメニューを確認し、それが気に入るものだったら空いた小腹に収めておこうと思っているだけなのだ。
 
('A`)(よし、立ち去るぞ)
 
ξ゚⊿゚)ξ「あらドクオ。何してんの?」
 
Σ('A`)「へぇ!?」
 
 足を進める決意を固めた瞬間、僕はツンに見つかっていた。
 
 
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 声をかけてきたにも関わらず、まったくこちらに近づいてはないので、結局僕からツンの方に近寄っていくことになった。
 
ξ゚⊿゚)ξ「これ、もう見た?」
 
 ツンはハインリッヒ高岡の描いたジョルジュ長岡の絵を眺めているてっきり下駄箱のところの掲示板と同じものだと思っていたのだが、こちらの記事の方がより大きく印刷されていた。
 
('A`)「下駄箱の方で見たよ。ちらっとだけど」
 
ξ゚⊿゚)ξ「よく描けてるわよね」
 
('A`)「そうだね。迫力が伝わってくるというか、良い絵だと思うよ」
 
ξ゚⊿゚)ξ「これ、ディフェンスがいないじゃない? なんでかわかる?」
 
 ツンはそう訊き、ニヤリと笑った。僕はその場で頭を働かせ、無理やり答えを考える。思いついた。
 
('A`)「・・見えない敵と戦ってる、みたいなことを表現してるのかな?」
 
ξ゚ー゚)ξ「違うの。これね、ただ相手を描くのが面倒くさくなっちゃったんだって!」
 
 何それ、と僕は言った。
 
 
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 その意外な理由にあっけにとられた僕の反応が面白かったのか、ツンは僕を見てくるくると笑った。
 
ξ゚ー゚)ξ「あはは。いや~、馬鹿みたいな理由だよね」
 
('A`)「狙ってやったんじゃないんだ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ひょっとしたら照れ隠しかもしれないけど、本心のようにあたしには見えたな。それが賞をもらっちゃうんだからお笑いだね。ハイン、これが初受賞なんじゃないかな?」
 
('A`)「へぇ~」
 
 そうなんだ、以上の感想が僕から湧き上がることはなかった。僕にとってはハインリッヒ高岡の受賞歴よりも、彼女について語るツンの口調から感じる親しげな様子の方が気にかかる。
 
 ツンは高岡さんと友達なのだろうか?
 
ξ゚⊿゚)ξ「あ、食堂行ってるとこだった? あたしも行くよ」
 
 その疑問を口に出すより先に、ツンは僕を食堂へと導いた。
 
 
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 提供可能なメニューにはろくなものが残っておらず、僕らは揃ってカレーを持ってテーブルについた。そそられない内容だったら飲み物を買って教室で過ごそうと思っていたものだったが、ツンとテーブルを共にできるのであれば、それはどのようなメニューよりも魅力的だ。
 
 学校の食堂の普通のカレーだ。もちろん不味くはないのだが、たとえば『バーボンハウス』で食べるカレーとは雲泥の差である。
 
ξ゚⊿゚)ξ「『バーボンハウス』のカレーって美味しいよね」
 
 同じことを思ったのか、ツンがそんなことを言ってきた。
 
('A`)「うん旨い。僕はいつかバイトを辞めるまでの間に何とか味を盗もうと思ってる
 
ξ゚⊿゚)ξ「おお~、頑張って。味盗めたらあたしにも食べさせてよね」
 
('A`)「・・頑張るよ」
 
 頑張ろう、と僕は思った。
 
 しかし僕がブーンのお父さんであるショボンさんの仕込み作業に立ち会う機会は今のところないのであった。この先も怪しいものである。このような状況下で、カレーの秘密を知るにはどうすればいいのだろうか?
 
 素直に訊くしかないかもしれないな、と僕は思った。だから今この場においても素直に訊こうという気になったのかもしれない。
 
 
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('A`)「・・あの絵のモデルってジョルジュなんだよね?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ、良く雰囲気が出てるから、見る人が見ればすぐにわかるでしょうね」
 
 確かにそうだ。僕にも一目でわかったほどなのだから、バスケットボールファンなら簡単にわかることだろう。
 
 つまり、少なくとも高岡さんの方にはジョルジュとの関係性を隠すつもりがないのだろう。そして、クラスの前で自分がそのモデルだと言っていたジョルジュにおいてもおそらくはそうだ。
 
('A`)「・・ずいぶん仲がいいんだね?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「それはどうかしら? 少なくとも今年になってからよ、あいつらが話すようになったのは。モデルと画家の関係になる程度には仲良くなったんでしょうけど、今でも俗にいう友達って感じの関係かどうかは知らないわ」
 
 僕もそれは知らなかった。肉体関係があるわけだから、少なくとも俗にいう友達って感じの関係ではなさそうな気が僕にはするが。
 
('A`)「ふうん、なるほどね」
 
ξ゚⊿゚)ξ「何なにハインが気になるの? あたしは俗にいう友達って感じの関係だろうから、紹介してあげてもいいよ」
 
 僕が気にしているのはハインではなくお前だ、とこの場で言ったら、この可愛らしい世話焼きの女子高生はいったいどのような顔をするのだろうか、と僕は思った。
 
 
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 当然そのような疑問を検証する度胸はない。僕は明確には何も言わずにカレーを食べて水を飲んだ。
 
 その反応をどのように感じ取ったのか、ツンは独り言のように提案をしてくる。
 
ξ゚⊿゚)ξ「そういや近々試合があるのよ」
 
('A`)「バスケの?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ほかに何があんのよ。で、それにあんた来なさいよ」
 
('A`)「なんで?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あたし、ハインとその試合を観に行くつもりなのよね。だから紹介してあげる」
 
(;'A`)「うええ!? いい、いい、紹介なんていらないよ」
 
ξ゚ー゚)ξ「まあまあ、そう言いなさんなって」
 
(;'A`)「いやマジでいいって!」
 
ξ゚ー゚)ξ「悪いようにはしないから」
 
 お前が悪いようになってるかもしれないからだよ、とこの場で言ったら、この可愛らしい世話焼きの女子高生はいったいどのような顔をするのだろうか、と僕は思った。
 
 
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 結局僕はツンからのお誘いを断れなかった。実際ツンと同じ時間を過ごせるというのは魅力的な話だし、バスケットボールの試合は思いのほか面白かったし、ツンと高岡さんがキャットファイトに至る可能性があるというなら僕がその場にいることで比較的平穏に収められる可能性が少しでも増えるかもしれないからだ。
 
 彼女の恋人と友人が同時に裏切っているのだとしても、それでツンが傷つく必要はどこにもないのだ。
 
('A`)(ま、僕にそんなことができるとは思えないけど・・)
 
 どちらかというと、偶然にせよ深く事情を知ってしまったのかもしれない者としての義務や義理をを果たすため、といった方が適当だろう。おそらくこれは善意ではないし、ジョルジュや高岡さんがどうなろうと僕の知ったことではない。
 
 とはいえ僕ひとりにできることはひどく限定されている。だからひとつ提案をすることにした。
 
('A`)「なあ、そっちが女子ふたりで来るんだったら、僕もブーンを呼んでもいいかな」
 
ξ゚⊿゚)ξ「内藤を? ははあ、2対2の、ガチ目の合コン仕様にするわけね。いいけど、内藤ってバスケに興味ないんじゃないの?」
 
('A`)「そんなことはないと思う。観戦に誘って断られたことがあるんだったら、それは単に予定が合わなかっただけじゃないかな」
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「そうなの?」
 
('A`)「いやまあ僕も本心はわからないけどさ、たぶんそうなんじゃないかと思うよ。今回誘うのは僕だし、もし断られたらちょろっと本心を訊いといてもいいし」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ふうん。それじゃあお任せしようかな」
 
('A`)「もっとも、あいつも暇じゃあなさそうだから、今回も予定が合わないかもしれないけどさ」
 
ξ゚⊿゚)ξ「なんたって学年トップだからね。あたし順位で一度も勝ったことないんじゃないかな、本当にどれだけ勉強してるのかしら?」
 
('A`)「毎日コツコツやってるだけって、コツコツどんだけやってんのかね」
 
ξ゚⊿゚)ξ「こわいこわい」
 
('A`)「僕からしたらツンの成績も十分怖いけどね」
 
ξ゚ー゚)ξ「ふふん。もっと褒めてもいいわよ」
 
('A`)「いつか『バーボンハウス仕込みのカレーでこっちを怖がらせてやるよ」
 
ξ゚⊿゚)ξ「なんでお褒めを乞うたら挑発されるようなことを言われるのかしら?」
 
 
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 近々と言うので来週や再来週の話なのだとばかり思っていたら、ツンから伝えられた日程は10月上旬のものだった。
 
('A`)(VIP国体日程・・こくたい、って何だ?)
 
 添付されたPDFデータを閲覧しながら僕は用語の解読にひと苦労した。
 
 そしてわかったところによると、国体というのは国民体育大会の略称であり、字面からなんだか共産主義の気配を感じていた僕の違和感はまったくの杞憂であるようだった。
 
( ^ω^)「国体ってのは要するに、県選抜チームで行う国内対抗戦みたいなものだお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうね、そんな感じ。今年はVIPでやるから観に行こうよって話になってたの」
 
('A`)「毎年やるもんじゃあないんだ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「やるわよ。ただ、都道府県の対抗戦だから、会場は当然持ち回りなのよね。近所でやるなんてほとんど奇跡みたいな確率よ」
 
('A`)「確かに。同様に確からしいとしたら、2パーセントくらいの確率か?」
 
( ^ω^)「その文言、数学の問題以外で初めて聞いたお」
 
 
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('A`)「それで、ブーンは来れるのか?」
 
( ^ω^)「VIPでやるなら大丈夫だお。バイトの時間には帰れるだろうし、一応親父に一言伝えといたら問題ないお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「10月中旬だから、国体終わってほとんどすぐに中間テストだけど、そのへんは問題ないの?」
 
( ^ω^)「ないお~」
 
 ニコニコと、まったく動揺のない顔でブーンは言った。この学年トップの学力を持つ男は試験期間直前に外出することを問題としていないらしい。
 
('A`)「まじか。順位落ちたからって僕らに当たるなよ」
 
( ^ω^)「ないお~、当たらないお~」
 
('A`)「・・マジで毎日コツコツやってるだけなのか?」
 
( ^ω^)「おっおっ、そうだお、僕はあんまり嘘はつかないお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あんまり、ね。正直者なのかしら」
 
 
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 どうやらブーンは正直者らしかった。これ以上考えても無駄だとばかりにツンは肩をすくめて見せる。
 
ξ゚⊿゚)ξ「やれやれ、まあ来てくれるならそれでよしとしましょ。ドクオは試験勉強大丈夫なの?」
 
('A`)「僕は成績のノルマもないからね。元々試験前だからって張り切るタイプでもないし」
 
( ^ω^)「なんだお、ドクオもそうじゃないかお」
 
('A`)「いや僕は目標がないからね。それでトップなんか取っちゃうのは、なんというか、試験勉強ガッツリする勢に失礼なんじゃないのか」
 
( ^ω^)「勉強の仕方なんて人それぞれなんだから、それで出た結果に対して出し方が失礼とか言って文句つける方がどうかしてるお」
 
('A`)「確かに」
 
 どう考えても僕に勝ち目はなかった。この議論からは尻尾を巻いて早々に立ち去るべきだろう。
 
 そんな僕らのやり取りをツンはニヤニヤとして聞いていた。
 
 
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ξ゚ー゚)ξ「あんたら仲良くなったわねぇ」
 
('A`)「そうかぁ? 今もこうして揉めてたわけだけど」
 
ξ゚⊿゚)ξ「だって内藤と揉めるやつっていないもの。こいつ、一見ニコニコしてて人当りがいいくせに実は内向的で、話し合いになると理詰めで譲らないようなこと言うから、友達が定着しないのよね」
 
(;^ω^)「!? そうだったのかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「しかも自覚がないというね。あんた立派なコミュ障よ」
 
(;^ω^)「こみゅしょう・・」
 
('A`)「ドンマイ、ブーン」
 
ξ゚⊿゚)ξ「いやあんたもでしょ。人当りよくない分あんたの方が重症よ」
 
(;'A`)「!?」
 
 どうしてこのタイミングで僕らがツンにぶった斬られなければならなかったのか不明だが、とにかく反論の余地はなかったのだった。
 
 
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 その日はバイトの日ではなかった。10月半ばのバスケ観戦に向けた話し合いを終えた僕はまっすぐ帰宅することにする。僕には家事をする必要があるからだ。
 
 共働きで帰宅時間もまちまちであるため夕食の作成は僕にとって必須ではない。たまたま気が向いて作ったり、日持ちするものを作った場合は家族にメッセージを残しておけば、勝手に食べるという寸法だ。
 
 とはいえ掃除や洗濯、皿洗いなどやらなければならない仕事はたくさんある。特に2階建ての母屋をバイトがある日に掃除する気にはならないため、僕の仕事ぶりに介入を許さないためには物事を計画的にこなす必要がある。今日は水回りを処理することにした。
 
 たっぷり1時間近くかけて残暑を味方につけた細菌たちをやっつけ、手を洗っていると、スマホにメッセージがきていることに気がついた。送り主はクーである。
 
川 ゚ -゚)『お腹が空いたなァ』
 
 姉はそう言っていた。既読スルーで冷蔵庫の中身を確認していると、メッセージが追加される。
 
川 ゚ -゚)『貞子もいるよ~』
 
 僕は再び既読スルーでオムライスを作っていくことにした。
 
 
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 正確に言うと、母屋で作ったのはチキンライスだった。いや、これも正確ではない。チキンライスを作ろうと思ったのだが、鶏肉がなかったのでソーセージで代用したのだ。これをチキンライスと呼んではソーセージに処された豚さんたちも浮かばれないことだろう。
 
川 ゚ -゚)「ほ~ら、来た来た。ありがとう」
 
川д川「ありがと~」
 
 3人分のチキンライスを入れたボウルを片手に僕は離れへ行ったのだった。これをこの場で皿に盛り、離れにもある簡易キッチンで卵をオムればオムライスの完成となる。
 
 僕が持ってきたものの内容を察したクーはお皿とスプーンを用意した。
 
川д川「お~、今からオムるの? ホテルの朝食みたい」
 
川 ゚ -゚)「あれ、なんでオムレツだけその場で作るんだろうな? 何でも出来たての方がいいし、どちらかというとわたしは焼き魚とかの方が焼きたてにして欲しいけどな」
 
('A`)「あ、持ってくるの忘れた、ケチャップあるっけ?」
 
川 ゚ -゚)「あるよほら」
 
 僕は手早くオムライスを供給し、クーや貞子さんと一緒に消費した。
 
 
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川д川「ああ美味しい。ドクオくんは胃袋掴めば勝ちだね、モテるでしょ」
 
 結構多めに盛ったオムライスをぺろりと平らげ、貞子さんはそう言った。いつの間にかテーブルに並んだビールをクーと一緒に飲んでいる。
 
 僕は貞子さんに肩をすくめて見せた。
 
('A`)「モテません。モテたことないですよ」
 
川д川「あらもったいない。こんなに美味しいオムライスが作れるというのに」
 
('A`)「いやでもそもそも、手料理を食わせられる状況って、かなり関係性が発展してません? モテる人たちがいったいどうやってそこまでこぎつけているのか、僕にはまったくわかりませんよ」
 
川д川「確かに」
 
川 ゚ -゚)「女の子から誘うパターンはホイホイ来やすいだろうけど、確かに男が料理で釣るパターンはちょっと考えづらいな」
 
('A`)「だろ。僕が女の子だったら、そんなに親しくないのに飯作るから食べに来いよなんて言う男は絶対信用しないし誘いには乗らないよ」
 
川д川「そうか、男の子からのパターンは女側の好意が前提条件として必要なのか」
 
 
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川 ゚ -゚)「女が誘う場合もある程度の関係性がないとあれだろうが、おそらくハードルの高さには男女差があることだろうな。――卒論のテーマが決まったな」
 
('A`)「たぶん冗談なんだろうけど、卒論のテーマってそんなに自由なの?」
 
川 ゚ -゚)「どうだろうな? 勝手に書く分には自由なんじゃあないのか?」
 
('A`)「??」
 
川д川「私たちは卒論じゃなくて卒研、卒業研究するんだよ。研究職志望でもなければその内容を論文に仕立て上げないと思う」
 
('A`)「へぇ」
 
 そうなんだ、という気持ちと、そんなの知るわけないだろ、という気持ちが同時に浮かび上がり、それは言葉にならない音を僕の口から洩れさせた。半ば呆れた僕の様子をどのように感じ取ったのか、クーはなんだか得意げな顔をしている。
 
川 ゚ -゚)「ふふん。時にドクオよ、できたという女友達とはちゃんと仲良くなっているのかい? お姉さんに紹介してごらんよ」
 
('A`)「絶対嫌だろ。なんで会いたがるんだよ、親か」
 
川 ゚ -゚)「この際わたしを親のように思ってくれても構わない」
 
 
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川д川「お~、そうじゃん。女友達できたんだったら、その子をお家ご飯に誘うことはできるんじゃないの?」
 
('A`)「む・・」
 
 確かにそれは不可能ではないことなのかもしれなかった。僕はツンとカレーの話をしており、『バーボンハウス』の味を盗めたあかつきには作って食べさせるといったような約束のようなものを交わしている。
 
 会話の流れによっては、今の僕の実力を味わわせることも可能だろう。
 
川 ゚ -゚)「考えているね? 発展性があるとみた」
 
川д川「いいじゃんいいじゃん。デートとかしないの?」
 
('A`)「デート・・そういえば、ああでもこれは、デートじゃあないですね」
 
 僕はツンと行くバスケットボール観戦を頭に浮かべ、しかしそこにはブーンや高岡さんも来るのであろうことを思い出した。2対2でのグループデートと言うには僕が女の子ふたりのお出かけに混ぜてもらった形であり、彼女たちの間にはキャットファイトに発展する可能性のある火種があるかもしれないのだ。
 
川д川「何よ~、詳しく話しなさい」
 
('A`)「詳しく話すこともないんですけど、今度バスケ観に行くんですよ。何人かで」
 
 
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川д川「へ~! ドクオくんバスケ部だったっけ?」
 
('A`)「いや違います。完全な帰宅部です。その友達がバスケ好きなんですよ」
 
川д川「やるじゃん、相手の趣味に付き合えるってのはポイント高いかもしれないよ」
 
川 ゚ -゚)「しかもこちらには貞子という味方がいる。ご飯作ってきてよかったな?」
 
川д川「一飯の恩だ、何でも訊いてくれたまえ」
 
('A`)「その慣用句って少ない恩だけれども、みたいな意味合いじゃありませんでしたっけ」
 
 それより僕は気になった。貞子さんに何を訊けばいいというのだろう?
 
 訝しげな顔をしていたのだろう、貞子さんは僕をまっすぐ見てニヤリと笑った。
 
川ー川「私がシタガク出身なのは知ってるね? 実は、私はバスケ部だったのだよ」
 
川 ゚ -゚)「結構ガチでやってたんだよな?」
 
川д川「VIP第一とかに比べると全然だけど、一応進学校な私立にしては頑張っていたと思う。Bリーグとかに詳しくはないけどね、バスケのことはそれなりにわかっているつもりだよ」
 
('A`)「ほお~、それは心強い」
 
 バスケに関する造詣がまったく深くない僕は素直にそれを頼もしく思った。
 
 
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 事情を詳しく話せと言うので今回の予定を話して聞かせると、貞子さんは大きく頷いた。
 
川д川「なるほどね~国体か! そういや今年はVIP国体だもんねえ」
 
川 ゚ -゚)「こくたい?」
 
川д川「県選抜チーム同士で戦うみたいな大会よ。で、今年はVIPが会場ってわけ。こりゃあ普通に見たいわ私も」
 
川 ゚ -゚)「お、行くか?」
 
('A`)「やめてください」
 
川 ゚ -゚)「ワカッタヤメヨウ」
 
('A`)「なんという棒読み、こちらに安心させるつもりが微塵も感じられない・・」
 
 事情を聞かせたことを一瞬後悔したものだったが、貞子さんからの情報には有益なものも含まれていた。
 
 バスケのシュートはダーツを投げる感じに似ているというのだ。
 
川д川「特にフリースローはね。だから私はダーツにハマっちゃったんだけど」
 
 
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川 ゚ -゚)「ああそうだったんだ?」
 
川д川「そうだよ、話したことなかったっけ?」
 
川 ゚ -゚)「あったかもしれない。しかし、わたしの脳内で組み立てられた、チャラ男の趣味にまんまと染められた貞子という偶像が強くてすっかり忘れていたのかも」
 
川д川「ひどい」
 
川 ゚ -゚)「わたしの中では貞子はヘソピとか入れられてる。乳首にもあるのかも」
 
川#д川「ねぇし! ていうか何そのダーツプレイヤーのイメージ!」
 
川 ゚ -゚)「思えば、私はそれを確認したくて貞子っぱいとか言っていたのかもな――」
 
 妙にしんみりとしたイイコトを言っている雰囲気を漂わせるクーのことを、僕と貞子さんは無視することにした。
 
川д川「さてと。・・それはさておき、本当にダーツとフリースローは感じが似てるから、バスケ好きな女の子だったらダーツも気に入るんじゃないかな。これはひとつ武器にできると思う」
 
('A`)「・・確かにそうかもしれませんね」
 
 こうして僕はいつか有効活用できるかもしれない知識を手に入れた。貞子さんが言うには、ダーツを教えて新しい楽しみを提供し、旨い飯を食べさせておけばそこらへんの女の子などイチコロであるらしい。
 
 とてもそうは思えない、という僕の感想をわざわざ口にする必要はどこにもなかった。
 
 
   つづく