( ゚∀゚)の話のようです2-2.ドロー ア ファウル
( ゚∀゚)の話のようです【まとめはこちら】
2-2.ドロー ア ファウル
1
ちょっぴり話を戻そうと思う。
母さんとファミレスに行って外食をしたあの夜の後、おれが本格的に取り組んだのは、正確なルールの把握だった。
なんと座学だ。もちろん勉強が大嫌いなおれからしたら、自分でも驚きの選択だった。
しかしこれには理由があって、言ってしまえば母さんがファウルをもらうための具体的な方法をてんで教えてくれなかったからだった。おれが真面目だったわけではない。
从'ー'从「具体的にどうするか? う~ん、それだけ知ってやってたら、すごく嫌われやすいプレイスタイルになるだろうから、自分で考えた方がいいと思うよ私は」
うんうん、と何度も頷きながら母さんはそう言った。なんじゃそら、とおれは思った。お前から提案してきたくせに、と。
仕方なくおれは自分で考えようとしたのだが、まったく良いアイデアを思いつきはしなかった。正当なディフェンスをする相手にこちらから突っ込んでいったら、ただチャージングを取られるだけである。それくらいはおれにもわかる。
それでは一体どうすればファウルをもらえるというのだろう?
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( ゚∀゚)「結局、あっちが焦ってミスってくれないとファウルにはならないんだよな~」
次のミニバスの練習にもおれはそんなことを考えながら参加した。気持ち自体は切り替えれていたので、それほどつらくはなかったのだが、やはりおれの体で良いプレイをするのは難しい。
目につくのはひときわ体の大きな女子だった。とても同級生とは思えないそいつが、何を隠そうツンだった。
2
おそらく誰から見てもツンのプレイは輝いていた。
ゲーム形式の練習に同じカテゴリで参加しているということは、おれと同学年ということである。当時のおれでもそれくらいはわかっていたが、肉体という完全に目に見える形で存在する明らかな差を素直に受け入れるのは中々に難しいことだった。
スポーツには邪魔だとしか思えない、長く癖の強い金髪をふたつに結び、ディフェンスを切り裂きゴールへ到達するのだ。当時のツンはとにかくドライブ一歩目の加速が抜群に優れていた。
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( ゚∀゚)「――だから、ツンはファウルをもらうことができるのか?」
それまでツンのプレイを外から見ても「すげ~ でかくて速え~」くらいの感想しかおれは持てなかったのだが、その日のおれはそんなことを考えていた。
ゴールに対して斜めの位置でボールをもらったツンは、少しディフェンスと駆け引きした後、爆発的なドライブを開始する。その一歩目は速くて大きい。後手に回ったディフェンダーが無理にそれを止めようとすると、決まってファウルになってしまうのだ。
笛が高く吹かれ、審判役のコーチがディフェンスに「それは反則になっちゃうよ」と注意する。ツンはすました表情だ。
半分諦めたような、半分納得していないような表情。
技量に優れたツンに対してその顔をおれがしたことはないだろうが、それを手本に強引なドライブをしてくるプレイヤーに対してはおれが見せていたかもしれない表情だ。それをディフェンスの選手が浮かべている。
二度とこの顔をおれはしない、とおれは決意した筈である。
3
ローテーションでおれにもコートに入る順番が回ってきた。交代でコートから外れる選手のひとりから黄緑色のビブスを受け取り、それを頭から被りながら足を進める。そして頭を働かせる。
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( ゚∀゚)「――自分でボールをハンドルして、オフェンスの中心になりたがるようなプレイは封印だ」
しばらくはな、と、おれは自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。
身長が大きな武器となるバスケという競技において、チビの生き残る道は多くない。そのうちのひとつがドリブルだった。ドリブルだけは、ボールをコントロールする手の位置が低ければ低いほどカットされづらくなり、それが有利に働くのだ。
おれはその武器を自ら捨てることにした。どうせ大きな体と長い手によって無理やり取り上げられてしまうものなのだ。剥ぎ取られるか、捨て去るか。それは簡単な決断だった。
嘘だ。
ボロい家の庭での練習で、ドリブルはいつもおれの側にいてくれる技術だったのだ。
大人の高さに吊られたバスケットへのシュートは小学1年生には難しい。おれがプレイするとなると、高さの調整が可能なゴールセットが、低い位置に用意されるのだ。
4
それが屈辱だったわけではない。
最初からそうだったのだ。不思議に思いもしていなかった。
しかし、大人が自分に手加減をしているとわかった日から、おれにはその子供用の高さのバスケットが子供扱いの象徴となっていた。
今のおれなら、そもそも当時自分が扱っていたボールが子供用のサイズであったことや、その競技に必要な体が育っていない内から背伸びをする弊害を理解できるが、子供のおれには無理だった。
ドリブルは違う。
コートは誰にも平等だ。
サークルレベルでしかバスケをやっていない親父には難しいようなハンドリングも、子供の吸収力と熱心さで練習すれば、可能になったものも中にはあった。親父はレッグスルーが苦手だったのだ。
おれは、その自慢のテクニックを、フィジカルでねじふせられる前に、自分から手放すことにしたのだった。
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( ゚∀゚)「――今、だけだ」
おれは攻めの形を整えるだけの攻め気のないドリブルから、シンプルにパスを回してやった。
5
それまでもパスを回すことはもちろんあった。
バスケはひとりではできない競技だ。判断と選択を重ねながら、攻め手は全員で攻め、守り手は全員で守る必要がある。当然のことだ。
ただし、それまでのおれのプレイスタイルは、あくまで自分のドリブル突破を主軸に据えたものだったのだ。ボールを扱うテクニックはおれの自慢だった。
上手いが、弱い。そんなところが当時のおれの評価だろう。弱いくせに目立ちたがり、といったようなものもそこに加わってくるかもしれない。
そんなおれが、いきなりシンプルなパス回しを行ったのだ。さぞ驚きだったことだろう。
パスを回したおれはオフボールの動きで走った。
とはいえスクリーンプレイもろくに習っていない子供の動きだ。マークマンを振り切れなどしない。それでも、おれがドリブルでつっかけ、その大半が潰されていた攻撃よりは、いくらか効果的な選択をできたのではないかと思う。
そして、その不満と抑圧を燃料とするように、おれはディフェンスに全力を注ぎこんだ。
6
それまでも手を抜いていたわけではないが、おそらくこの日のおれのディフェンスは、目の色が違っていたことだろう。
体が小さい。手も短い。体重の軽いディフェンスで、しかしおれはどこまでも食らいついていった。
すると、その内の1回で、おれは強引なドライブに押しのけられたのだった。いつものことだ。
いつものことだったのだが、ひとつ違うことがあった。
いつもは半ば道を譲るようにして突破を許していたのだが、おれはその時、正面から思い切りその突進を受け止めたのだ。もちろん受け止めきることなどできず、おれはほとんど吹っ飛ばされてしまったのだが、そこで審判の笛が短く鳴った。
ままあることだ。下手にドライブを止めようとするとディフェンス側の反則となる。腕を巻いてこちらを制するような強引さはオフェンスに認められていないが、体の推進力をそのままぶつけてくること自体は正当な行為なのだ。
そういうルールだ。仕方のないことである。チビのくせにハッスルしてしゃしゃり出たおれが馬鹿だというだけだ。
しかし違った。
それは、オフェンスファウル、相手側の反則を告げる笛だったのだ。
7
○○○
その後もおれはシンプルにパスをさばき、ディフェンスに精を出し、たまにボールが回ってきてはシュートを放ってこの日のゲームを終えた。
ドリブルからの得点が一度も成功しないことはざらだったが、一度もはっきりと自分から仕掛けないというのはこの日が初めてのことだった。
ゲーム形式以外の練習も終え、クールダウンのジョグをこなし、ストレッチをして着替えたおれは、母さんにミニバスの終わりを連絡してその到着を外で待っていた。
持たされていた水筒からポカリか何かのスポーツ飲料を飲み、ぼんやり空を眺める。そしておれは考えていた。おれのディフェンスファウルではなく、相手のオフェンスファウルとなったあのプレイをだ。
それまでのおれの認識では、あの感じだとおれのファウルになるのが自然だったのだ。
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( ゚∀゚)「――」
自動販売機のそばにある低いブロック塀に腰かけていると、ガタンと何かが落ちる音がした。自動販売機の音だ。それ自体は不思議なことではないが、何も考えずにその音の方へ目を向けると、なんとそこにはツンがいた。
ξ゚⊿゚)ξ「――おつかれ」
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( ゚∀゚)「おう」
それが、この、それまでも顔は知っていた有力な女子バスケ選手との初めての会話だった。これを言葉のやり取りと言えるならばの話だが。
8
ゆっくりと自動販売機から買ったジュースを取り出すと、プルタブを引き、やはりゆっくりとそれを口にする。
ツンはすぐに話しかけてはこなかった。
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( ゚∀゚)(――なんだよ、おれに用があるわけじゃないのか)
ただ単にジュースを買いに来ただけらしい。そこにたまたまおれが座っていたというだけだ。
そのように納得しかけたところでツンは声をかけてきた。
ξ゚⊿゚)ξ「――さっきの試合」
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( ゚∀゚)「うん?」
ξ゚⊿゚)ξ「さっきの試合、ずいぶんこれまでと態度が違ったと思うけど、どうしたの?」
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( ゚∀゚)「――」
見ていたのか。
あのツンが、このおれのことを、見ていたというのか。おれには大きな驚きだった。
9
その驚きから、むしろ黙ってしまったおれに対してツンは眉をしかめた。
ξ゚⊿゚)ξ「答えない気? あたしの気のせいじゃないわよね」
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( ゚∀゚)「――ああ。気のせいじゃあねぇ」
ξ゚⊿゚)ξ「それで?」
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( ゚∀゚)「――おれのドリブルは通用してなかったからな。封印することにした」
しばらくの間だけど、と、おれは口に出さず、心の中で付け加える。ツンは何故だか納得していないような顔をした。
ξ゚⊿゚)ξ「――コーチに何か言われたの?」
_
( ゚∀゚)「コーチに!? いいや、そういうわけじゃねえ」
ξ゚⊿゚)ξ「――そう」
小石を手元から放り捨てるような調子でそう言ったツンは、ジュースの缶を口に運び、おれの方を見ずに静かに飲んだ。
_
( ゚∀゚)「コーチから、何か言われたのか?」
気づくとおれは訊いていた。
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ツンは黙ったまま肩をすくめると、おれの方を向いてため息まじりに頷いた。
ξ゚⊿゚)ξ「――前にね。もう言われなくなったけど」
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( ゚∀゚)「何て?」
ξ゚⊿゚)ξ「もっと周りを見てパスを出せ、自分ひとりで決めようとするんじゃない、みたいなことよ」
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( ゚∀゚)「――なんで言われなくなったんだ?」
いつ言われたのか知らないが、これまでのツンのプレイは一貫して、とにかく自分で点を取るというものだった。メインはドリブルで深く切り込んでからのレイアップやゴール下のシュートだが、離れた位置からのジャンプシュートも決して不得意としていない。
ツンは変化していないのに、それまで言われていたことが言われなくなったというのがおれには何とも不思議だった。
しかしツンはにとっては不思議ではないのかもしれない。
ξ゚⊿゚)ξ「さあね。諦められちゃったのかも」
小さく笑ってそう言うツンは、決して自信や自尊心を傷つけられているようには見えなかった。
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_
( ゚∀゚)「そんなことがあったとはな。だが、もしおれがコーチに言われてプレイを変えたんだとして、それが一体何なんだ?」
自分がコーチの言うことを聞かなかったからといっておれにもそれを強要しようとしたのだとすると、こいつは相当ヤバいやつだ。
そんなことをおれが考えていると、そんなヤバいやつ候補の女子は、おれの疑いを笑い飛ばした。
ξ゚⊿゚)ξ「何ってわけじゃないけどさ。あたしは言われた通りにプレイしても良くならないと思ったから従わなかったんだけど、あんたは良くなってるようだったから、もしそうだったのなら知りたかったのよ」
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( ゚∀゚)「――良くなった?」
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。今日のあんたのプレイは良かった。自分ではそう思わない?」
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( ゚∀゚)「――」
ξ゚⊿゚)ξ「答えられない? だとしたら、あんたはやっぱり前のように、自分でプレイを作り上げたいのね」
わかるわ、とツンはおれに頷いた。
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_
( ゚∀゚)「――わかる?」
ξ゚⊿゚)ξ「わかるわ。あたしも試合を支配するようなプレイがしたいもの。もちろんその場でより良い選択肢があるというならパスを出さないわけじゃないけど、ただボールをシェアするためだけのパスなんてごめんね」
あたしは周りは見てるもの、とツンは続ける。
ただ自分がこのままボールを持つより良い選択肢となる者がいないからパスを出さないだけなのだ、とツンは言う。
はっきりとそう言い切るツンは自信に溢れていて、ボールを自分の意思で手放したその日のおれには眩しすぎた。
自分の手を見つめる。
小さい手だ。ただし、小学1年生にしては硬い手をおれはしていたことだろう。同じ年齢のどの子供よりも長い時間をバスケットボールに触れて暮らしてきた自覚があった。
実際、この金髪の女子と比べても、テクニック面で劣るとは思っていない。おれがツンと比べて劣っているのは、フィジカル面と、これまでの実績に基づく自信の量だ。
おれが座っていてツンが立っているからだけではないサイズの違いが、おれとツンの間にはあった。
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ツンもそれはわかっていたことだろう。
おれのテクニックも、フィジカルも。だからこうして気にかけ、声をかけてきたのだろう。
この実力者に認められていると思ったのかもしれない。だからおれは訊いていた。
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( ゚∀゚)「――さっきのおれのプレイでさ、オフェンスファウルになったじゃん」
ξ゚⊿゚)ξ「うん? あんたジャンパーばっかり打ってなかった?」
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( ゚∀゚)「おれがディフェンス側だったプレイだよ」
ξ゚⊿゚)ξ「ああ、あれね。テイクチャージしたやつね」
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( ゚∀゚)「――ていくじゃーじ?」
ξ゚⊿゚)ξ「ディフェンスが上手く立ち回ってオフェンスファウルを取るやつよ。あんた、狙ってやったんじゃなかったんだ?」
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( ゚∀゚)「――」
ξ゚⊿゚)ξ「マジ!? 偶然にしては上手だったわね」
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おれにはまったくの初耳だったが、ツンにとってはそうではなかったらしい。
テイクチャージ。
守備側から仕掛けてファウルを引き出すなんてことができるのか。
しばらくじっとツンを見つめていると、ツンは笑って肩をすくめて見せた。
ξ゚⊿゚)ξ「オフェンスファウルとディフェンスファウルの原則は習ったでしょ? まあほとんどのやつらは聞いてなかったか、もう忘れちゃったと思うけど」
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( ゚∀゚)「――」
ξ゚⊿゚)ξ「ファウルの基準がわかってればさ、それを相手にさせたらこっちの勝ちになるじゃない? コーチにそんなことをしてもいいのか訊いてみたら、あたし、それは立派な技術のひとつだよ、って言われたわ。コーチ、ちょっと悪い大人の顔してた」
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( ゚∀゚)「悪い大人の顔って何だよ」
ξ゚⊿゚)ξ「にや~って笑ってたわ。だからあんたも教えてもらったんだろうなって思った。違うのね」
やるじゃん、とツンに言われたおれは、目を開かれたような気持ちになった。
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こうしてはいられなかった。おれは水筒に浅く口を付けると、蓋を強く締めて立ち上がる。
おれには今すぐにしなければならないことができたのだ。
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( ゚∀゚)「――ファウルのげんそく? っていうのか? それ、どこにいったらわかるかな?」
ξ゚⊿゚)ξ「原則? そうねえ、ルールブックでも読んだらいいんじゃないの?」
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( ゚∀゚)「るーるぶっく! それ持ってるか!?」
ξ゚⊿゚)ξ「いや持ち歩いてるわけないでしょ。でもそうね、コーチに言ったら見せてもらえはするんじゃない? うまくいったら貸してもらえるかも」
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( ゚∀゚)「――ッ! それだ!!」
おれは即座に地面を蹴って、全速力で体育館へと戻っていった。まだコーチはいるだろうか。そしてコーチはルールブックを持っているだろうか。そんなことを頭いっぱいに抱えながら、おれは口元が興奮で緩むのを自覚した。
結論を言うと、コーチはそこにはいなかった。
ただしおれは母さんにこの熱意をぶつけ、帰りに本屋に寄ってもらって子供向けのルールブックを買ってもらったのだった。
こうしておれは生まれて初めて自分から何かを勉強しようと思った。自分でも驚きだったが母さんもさぞや驚いたに違いない。
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○○○
母さんやコーチにわからないところを確認しながらバスケットボールのルールを学んだおれは、それを逆手にとることも同時に学んでいった。
それまでも印象としては持っていたのだが、バスケはどうやら本当に攻撃側が優遇されているらしい。正直なところ意外だった。
从'ー'从「あはは、そうだね。アメスポだからね」
なんでこんなルールなの、とその不平等さについて口にしたおれは、母さんに頭を撫でられた。
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( ゚∀゚)「あめすぽ?」
从'ー'从「アメリカンスポーツってこと。アメリカさんが作ったスポーツはエキサイト万歳な仕様になりがちなのよね。点がいっぱい入った方が派手で観てて楽しいじゃない?」
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( ゚∀゚)「それはまあ確かに」
从'ー'从「あと、合理的っていうか、ルールの定義が厳格な感じがするね~。おおらかなところがないのは好みがわかれるところかも」
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好みがわかれるとのことだったが、おれは完全に『好き』側だった。
何故なら、厳格なルールであってくれた方が、それを利用しやすいからだ。
母さんもおそらくそうなのだろう。おれのそうした質問や考えを受け付けるたびに、母さんはニヤリと大人の顔をした。これがもっとにや~っとしたら、ツンが言うところの大人の笑顔になるのかもしれないな、とおれは思った。
あからさまなことはしない。誰にも好かれないだろうからだ。
しかし、知っていて、できはするがしないのと、知らずにやらないのとではまったく意味合いが違ってくる。何がルール上保護され正当な行為となるかをきちんと把握していれば、ドリブル中のボールの置き方も変わってくるのだ。
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( ゚∀゚)「フン、へたくそめ!」
ある日のゲーム中、おれはただ強引に伸ばされただけの手をからめとるようにして審判に笛を吹かせてやった。今回は特に完璧なタイミングでシュートモーションを作ることができた。何もないところからおれは2本のフリースローを作り出すことに成功したわけである。
当然その両方をおれは沈める。
決して短くない時間がかかったが、おれは自分の好きなタイミングで、舐めたプレイをしてくる下手くそなプレイに代償を払わせることができるようになっていた。
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その短くない時間はおれの背を何センチか伸ばしてくれ、体重を何キロか増やしてくれた。7歳と8歳の差は6歳と7歳の差よりも小さいのだ。それが8歳と9歳の差であればなおのことだ。学年が上がるにつれ、学年の中で強制的に最年少となるおれの誕生日の影響は、少しずつ小さくなっていっていた。
元々テクニックには秀でていたのだ。いつしか他の同学年とおれとのフィジカルの差は圧倒的なものではなくなっており、おれのミニバスチーム内での認識も急速に改められていっていた。
とはいえ、時間は誰にも平等に流れる。
おれが上達している間にツンも上達しており、おれたちの学年のベストプレイヤーは依然としてこの金髪の少女であるというのが常識となっていた。
ξ゚⊿゚)ξ「どう、今日もやってく?」
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( ゚∀゚)「モチロン」
おれたちはミニバスの時間が終わった後、「もういい加減帰れ」とコーチから言われるまで1対1をコートで続け、おれの調子が良い日にはその後もバスケットのある公園に足を運んで対戦するのが日課のようになっていた。
おれの調子が良い日限定だったのは、誘うのがいつもおれだったからである。ツンがおれの誘いに嫌な顔をすることはなかった。
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学年が上がるにつれておれの体は大きくなった。ある程度大きくなったところで母さんはおれの送迎をすることは止め、その代わりにバスで使えるカードをくれた。
从'ー'从「もうひとりでバスにも乗れるでしょ。ジョルジュ、自分で帰ってくるようにしなよ」
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( ゚∀゚)「いいのか!? やった! ありがとう!」
从'ー'从「――ただし、バスにも終わりはあるんだからね。絶対この時間のバスには乗って帰るようにね」
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( ゚∀゚)「わかった!」
从'ー'从「本当にわかってる? 守れないようだったらカード取り上げるからね。それでもバスケやりたかったら走って通いな」
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( ;゚∀゚)「――わかった」
そう話す母さんの目は本気の眼差しをしていたのだった。
そのカードはバスの他にもコンビニやスーパーで使えたので、おれは子供らしい範囲での買い食いを黙認されたような状態になった。自由が与えられた子供の大盤振る舞いを妨いたのは理性ではなく恐怖だ。
そのカードの使用状況はおれの目の前で毎日監査された。その時母さんの逆鱗に触れるような使い方をおれがしていたとしたら、やはり取り上げられていたことだろうからだ。
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そんな調子で切磋琢磨し、おれは楽しくバスケットボールへ子供の情熱と時間を注ぎ続けた。
思えばこの頃が一番バスケをしていて楽しかった時期だったのかもしれない。
毎日ボールを触り、仲間と話し、家でも母さんを誘っては庭で過ごした。おれの体が大きくなるにつれて母さんは段々と子供向けの手加減をしなくなってきており、おそらくかつては親父の手前被っていたのだろう、☆女子ボーラー☆としての猫の皮を被らなくなっていた。
从'ー'从「ほらほら、それだと取られるよ」
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( ゚∀゚)「うっせ~黙ってr」
从'ー'从「ほら取れた」
大人としては大柄なわけでも特別手が長いわけでもない筈なのだが、母さんの手はよくボールへ伸びてきた。
それも、正しいルール解釈の上で反則にならない、上手な守備でだ。
从'ー'从「ほら取られたらすぐに追いかけないと、打たれるよ、ほら打った」
そして母さんは驚くほど遠くからいとも簡単にシュートを沈めるのだ。おれはその度に信じられないような気持ちになる。
从'ー'从「なかなかだけど、まだまだだね~」
母さんはあっけらかんとそう言った。
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そして小学6年生になろうとする頃、おれはついにツンと身長で並ぶことができていた。
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( ゚∀゚)「お! ついに!? ついにじゃね!?」
ξ゚⊿゚)ξ「うるさいわねぇ。まだ抜いたわけじゃないでしょ・・」
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( ゚∀゚)「いやこれ時間の問題だろ! うっひょ~ 上がるぅ~」
ルンルンで浮かれるおれに向かってツンは、やれやれ顔で肩をすくめた。
ξ゚⊿゚)ξ「あのね、そりゃあ歳を重ねりゃ男子が女子より大きくなるのよ。大体はね。当たり前でしょ。確かに思ったよりは早かったけどさ」
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( ゚∀゚)「いやァ男子と女子との話じゃなくて、おれとお前の話だからな。当たり前ではねぇよ。ひゃっふ~」
ξ゚⊿゚)ξ「うざ・・」
やれやれ顔が呆れ顔に変わったツンは、ため息をついて何かを観念したような様子だった。気持ちを切り替え、幼いおれにお姉さんの態度で接することにしたのだと今ではわかる。
ξ゚⊿゚)ξ「まあでも実際思ったよりは早かったからね、大したもんよ。大きくなってよかったわね」
おうよ! とおれは大きく頷いた。
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学年が上がる頃ということは、つまりはおれの誕生日が近かった。
それを知っていたのだろうツンはお姉さんの態度で言葉を続ける。
ξ゚⊿゚)ξ「――やれやれ。あんたもうすぐ誕生日でしょ。あたしに背が並んだ記念に何か欲しいものあげよっか」
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( ゚∀゚)「! なぜそれを!?」
ξ゚⊿゚)ξ「いや知ってるわよ。4月1日生まれってあんた以外に知らないし、嘘くさすぎて一度聞いたら忘れないわ」
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( ゚∀゚)「うわずり~な。お前の誕生日はいつなんだよ!?」
ξ゚⊿゚)ξ「・・ま、知らないんだろうなとは思ってたんだけどね。4月11日よ」
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( ゚∀゚)「おお4月生まれか! な~んだ、おれたち誕生日近いんだな! おれの10日後にお前の誕生日になるわけだ」
親近感をもっておれがそう言うと、ツンは何故だか吹き出して笑った。
ξ゚⊿゚)ξ「いやいや、それは違うでしょ。だって、あんたの10日後にあたしが生まれたんじゃなくて、あたしの生まれた355日後にあんたが生まれたわけじゃない。あんたのより、あたしの誕生日が先なのよ」
さらに説明を重ねられ、おれはその日初めて自分がツンに対してほとんど1歳年下なのだということをようやく理解した。
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子供のカテゴリーでほとんど1歳年下ということは、率直に言ってとても大きなハンデとなることだろう。道理でミニバスに入った当初、おれの体はほかと比べて小さく、苦労した筈である。
ξ゚⊿゚)ξ「まあでもあんたの環境って飛び級してるようなもんだからね。それで頑張れてるわけだから、この先もうまいこといったら結構良いとこいけるんじゃない?」
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( ゚∀゚)「イイトコ。どこだよそれ」
ξ゚⊿゚)ξ「う~んそうねえ、バスケやってて一番イイトコっていったらやっぱり、アメリカじゃない?」
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( ゚∀゚)「アメリカか」
ξ゚⊿゚)ξ「そうそう。NBA。目指してみたら?」
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( ゚∀゚)「目指すか~」
将来の夢は総理大臣ですといったノリでそう軽く口に出したおれは、続けてツンに訊いていた。
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( ゚∀゚)「ツンは? イイトコ目指さねえの?」
ξ゚⊿゚)ξ「あたし? あたしはそうね、――でも、いけるところまではいくつもりよ。あんたに負けるつもりもまったくないわ」
そう言うツンの顔からお姉さん感は抜けていて、おれたちは1対1でバスケットを争う遊びを再び始めた。
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○○○
そんな感じで完全にバスケを中心に回っていたおれの人生から親父が振り落とされるのは時間の問題というものだった。
出ていくことはなかったんじゃないかと今でも思う。
父親がぞんざいな扱いを受ける家庭などこの世にごまんとあることだろうし、その父親たちは今日も健気に頑張っている。ひょっとしたら、自分なりの楽しみを見出し、それなりに幸せな毎日を過ごしているのかもしれない。
しかしそれでも出て行きたくなる気持ちはわかる。おれもバスケを辞めようと思ったことがあるからだ。何なら愛情深く接している方がより深い絶望に陥りやすいんじゃないかと考えることもできるだろう。
無責任だとは思うがそれだけだ。当時のおれにはそれよりずっと大事なことがあったのだ。
それはもちろんミニバスで、おれとツンという才能と情熱に溢れたボーラーを最上学年に置いたおれたちのミニバスチームは、ひとつのピークを迎えようとしていた。
おれたちはミニバスの全国大会に進出できるかもしれなかったのだ。
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県代表チームという肩書きは別にどうでもよかったが、単純にツンとプレイするのは楽しかった。
ゲーム形式の練習はどうやったって練習で、勝利のみを目指すというより『正しい形』の習得のようなところを目標としている。真剣になるのはやはり1対1の対戦だ。その場合、ツンは必ず敵となる。
ツンと敵対してバチバチやり合うのもそれはそれで楽しいのだが、それまで戦っていた強大なライバルと共闘態勢を取って新たな敵を打ち負かそうという試みは、上手く描かれた少年漫画のような楽しみをおれに与える。それはツンにとっても同じだろう。
たまらない時間だった。
6年間だ。
6年間同じチームで同じくエネルギーを注ぎ続けたツンの動きや考えは、履き慣れたバッシュのような自然さでおれに伝わっていたし、ツンはツンでおれがその場で何を考え何をしたいと思っているのか、何もせずともわかってくれた。
おれたちは互いにすべてを任せ合うことのできる相棒だったのだ。
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そんな県大会の決勝戦前日のことだった。
疲れを残さないようにとチームの練習は軽く、おれはもう少しボールを触りたかった。
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( ゚∀゚)「おう、もうちょっとやっていこうぜ」
だからおれはそう言った。いつもおれの誘いを決して断らず、1対1のやり合いを拒んだことのなかったツンが、しかしその日は首を縦には振らなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「いやコーチの話聞いてなかったの? 今日はちゃんと体を休めて体調を万全にするのが大事でしょ」
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( ゚∀゚)「聞いてたけどよ、ちょっと少なすぎるって! こんなんじゃなまっちまうよ」
ξ゚⊿゚)ξ「なまりはしないでしょ、ボールも触ってるのに。軽くシュート練だけやって帰って寝たら?」
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( ゚∀゚)「いや~あれでしょ。1オン1でしょ。ね、旦那」
ξ゚⊿゚)ξ「――」
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( ゚∀゚)「奥様! ね! ちょっとだけ! 先っぽだけだから!」
ξ;゚⊿゚)ξ「あんたマジで何言ってんの? ――仕方ないわね、本当にちょっとよ」
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( ゚∀゚)「そうこなくっちゃ! 体育館は閉めるだろうから公園行こうぜ!」
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おれはウキウキで身支度を整えると、しぶしぶといった調子のツンと並んで歩き、行きつけのバスケットのある公園へと向かった。
途中で飲み物を買うため『ティマート』というコンビニに寄り、ついでに棒のアイスをふたつ購入したおれは、その内ひとつをツンに渡した。チョコレートにコーティングされたバニラアイスを歩きながら齧り、おれとツンは大きな交差点を赤信号で止まった。
何か他愛のないことをお喋りしながら歩いていたと思うのだが、その内容は覚えていない。
おれたちの目の前を横なぎに通過していた車が止まった。向こうの信号が赤になったのだ。数秒もすればおれたちに青信号が与えられることだろう。
青信号。
アイスを齧り、おれは横断歩道に足を出す。ツンも当然歩き出すことだろうとおれは思った。それが違った。
ツンのいる左側からすごい力で引っ張られ、おれはアスファルトの地面に強く引き倒されていたのだった。
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_
( ゚∀゚)「――なに!」
すんだよ、と反射的に声が口をつくより先に、その光景がおれの目には見えていた。
ツンだ。
おれを左側から引き倒したツンが、自分はその場に留まっており、しかし地面から見上げるおれを見つめるのではなく、おれの右側を強く睨みつけていた。
止まっていたわけではない。ツンはおそらく必死にその場から離れようとしてはいたのだが、どうにも思い通りにいかないようだった。おれを引き倒し動かした力の反作用でボディコントロールを失っていたのだろう。
その視線の先に自然とおれの注意が引き寄せられる。
そこには、左折してきた自動車が、減速することなくそのまま横断歩道に突入しようとしていた。
そしておれの目の前でゆっくりとツンが車に轢かれた。
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瞬きをすることのできない目から取り込まれてくる情報が凄まじすぎて、おれはこの時自分がどのような行動を取っていたのか覚えていない。
おそらくポカンと口を開けたアホ面で、動くこともできずに事態を眺めていたのだろう。
頭からツンに突撃してきた乗用車の衝撃は女子小学生の体を簡単に宙に掬い上げた。ツンは回転するようにして一度車の上部でバウンドし、横断歩道の地面に頭から落下した。
永遠と思えるような数秒間、世界が凍りついていた。
自分が呼吸をしていることを思い出したおれは、右手に掴みつづけていたアイスをその場に投げ捨て、倒れているツンに這うようにして近づいた。
注意していないと口から飛び出すのではないかと思えるほどに強く心臓が鼓動していた。
どう触っていいのかわからなかったが、とりあえずツンの顔にかかっている癖の強い金髪を指先で払ってやると、その下から見慣れた可愛らしい顔立ちが現れた。そしてその目がおれを見た。
ξ;゚⊿゚)ξ「――うおお~ びっくり、したぁ」
ツンが喋れるような状態であることに安堵した一方で、その金髪の根元が赤く滲んでいることに気づいたおれは、みっともない叫び声をあげていた。
つづく