('A`)の話のようです1-3.​見過ごすことのできない光景

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('A`)の話のようです【まとめはこちら】

1-3.​見過ごすことのできない光景

 


1
 
 バーボンハウス』でのアルバイトは楽しかった。
 
 僕は雇われ始めのただのバイトだ。大した仕事ができるわけではない。簡単な給仕の真似事とレジ打ち、そして皿洗いと掃除が僕の役割のほとんどすべてだった。
 最初の3回はアルバイトの先輩としてブーンが一緒にシフトに入ってくれて、そこで具体的な仕事の作法を僕に教え込んでくれるとのことだった。そのうち2回で僕は『バーボンハウスの店内ルールを頭に叩き込み、実践し、このそれほど大きくない飲食店に施された様々な業務上の創意工夫を面白いと思った。
 
( ^ω^)「さてと、今日で一緒に入るのも基本的には最後だお。今日は僕は後ろで見てるだけにするから、わからないことがあったら訊いてもいいけど、できればひとりで何とかしてみるお」
 
('A`)「了解。ちょっと怖いけどやってみるよ」
 
(´・ω・`)「よろしくね。僕に訊いてもいいけど、忙しい時間帯の僕はお客さんだと認識してない人間に対してはとことん不愛想になるだろうから、あまり当てにせず働けるようになって欲しい」
 
(;'A`)「が、頑張ります」
 
( ^ω^)「おっおっ、頑張って僕に退屈させてくれお~」
 
 アルバイトをはじめて3回目のシフト、ブーンと一緒に働く最後の日を僕は迎えていたのだった。
 
 
2
 
 とはいえ仕事の内容は単純だ。家事を日常的にこなしている僕からすると、たとえばテーブルを拭いた後の布巾の処理や、洗浄した食器の並べ方など、この店のしきたりさえ頭に入れてしまえば概ねその通りに対応することができた。
 
 少々戸惑ったのはレジ打ちだったが、速度を要求されないという前提であれば最低限のことはできる筈だ
 
('A`)「本日のオススメはチーズ牛丼とチーズinハンバーグ定食、ハッシュドビーフね。牛肉とチーズが余ってるのかな。しかし、これ、酒売る気あるのか・・?」
 
 飲食店は飲み物を売ってなんぼ、という紙の上の知識をもつ僕はそう思う。居酒屋と定食屋と喫茶店をごちゃ混ぜにしたような飲食店だとはあらかじめ伺っていたものだったが、2回ほど働いた後であっても、僕にもまたこの店のジャンルはよくわかっていなかった。
 
 もっとも、そう評したブーンは生まれてこの方この店に携わってきたのだろうから、それでもよくわからない店の属性を僕が把握しようという方が間違っているのかもしれない。
 
 コントロールできることをコントロールするべきだ。本日使用できるメニューが無秩序に散らばった会計システムを眺め、できるだけ滞りなく仕事できるよう、イメージトレーニングのようなことを脳内でする。
 
( ^ω^)「ドクオくんって、休みの日は何してるんだお?」
 
 唐突にそんなことを訊かれた僕は驚いた。
 
 
3
 
(;'A`)「なに急に!? 今いるそれ?」
 
( ^ω^)「いやぁいりはしないけど、なんだか僕が口を出すことなさそうだから、なんというか、暇つぶしだお」
 
('A`)「暇つぶし。正直不安で、僕に潰す暇はないけどな」
 
( ^ω^)「不安がらなくても大丈夫だお~。ドクオならいけるいける!」
 
('A`)「意外といけなかった場合がこわいから不安なんだろ」
 
( ^ω^)「どうにもならないほどじゃない、かわいいレベルの失敗を重ねるドクオが見たいんだお~。そしてそれを助ける僕。尊敬を得られるわけだお!」
 
('A`)「得られるわけだお! じゃねぇよ。そういうのは女の子バイトが来たときやればいいだろ」
 
( ^ω^)「たしかに」
 
('A`)「だろ? 僕には変な気を起こさず、大人しく見てな」
 
( ^ω^)「ツンとバスケ見にはもう行ったのかお?」
 
 全然黙る気ないじゃないか、と僕はブーンのいつもと変わらず柔和な顔をじっと見つめた。
 
 
4
 
 大きくひとつ息を吐く。そして、僕はゆっくり頷いた。
 
('A`)「行ったよ、昨日だ。というかお前日程知ってるだろ」
 
( ^ω^)「まあまあ、会話の流れ、コミュニケーションスキルだお。どうだったお?」
 
('A`)「どう・・う~ん、楽しかったよ。ちゃんとバスケ見るのは初めてだったんだけど、なんというか凄かった」
 
( ^ω^)「ほ~、やっぱ凄いのかお」
 
('A`)「ブーンはジョルジュの試合見たことないんだ?」
 
( ^ω^)「ないお」
 
('A`)「ふぅん」
 
 何気ない様子を装いながら、僕はちらりと頭に浮かべた。ツンはブーンを誘ったことがないのだろうか? 仮に誘われた日程が実家の手伝いで今回のように無理だったとしても、これまでに機会はいくらでもあった筈だ。いくつか候補日を出して日程調節をすれば容易にお出かけできたことだろう。
 
 それとも、ツンは誰でもバスケ観戦に誘うわけではないのに、僕のことは誘ってきたとでもいうのだろうか?
 
 
5
 
( ^ω^)「残念ながら、それはないお」
 
 ブーンはまるで僕の考えていることを見透かしたようにそう言った
 
(;'A`)「なッ、なんだよそれって!」
 
( ^ω^)「僕もツンに誘われたことはあるお。でも、予定が合わなかったんだお~」
 
('A`)「そうなんだ」
 
( ^ω^)「たぶんツンは一度キッパリ断られたらもう自分からは積極的には誘わないとか、そういう方針なんじゃないかお? それ以降は誘われないお」
 
('A`)「ブーンのことを特別キモいと思ってるわけじゃあなくて?」
 
( ^ω^)「ころすぞ」
 
('A`)「包丁スタンドに手が届く位置でそういうこと言うのはちょっと」
 
( ^ω^)「本日のオススメはチーズ牛丼とチーズinハンバーグ定食、ハッシュドビーフ・・ハンバーグなら原材料偽装にはならないお?
 
('A`)「確かにビーフと書いてはいないからね」
 
( ^ω^)「食べられない部分は畑に撒くお。来年の春にはドクオの花が咲き、秋にはドクオの実がたわわに実るに違いないお」
 
('A`)「やっぱり原材料僕なんだ?」
 
(´・ω・`)「おい小僧ども、そろそろお喋りは終わりだよ。お客の気配!」
 
 どういう理屈で感知したのか、実際すぐにカランカランとコント導入部のような音が鳴り、僕たちに来客が知らされた。
 
 
6
○○○
 
 少し余裕が出てきた単純作業の時間帯、たとえば皿洗いなんかを淡々とこなしながら、僕は昨日の試合の様子を思い返す。僕はツンとふたりで並んで学校の体育館の2階席に腰掛けていた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「あたしはほんとはウォームアップから見たいんだけどね、あんたには退屈かもしれないから、今日はティップオフから」
 
('A`)「キックオフ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「それじゃサッカーでしょ、バスケはティップオフ“Tip Off”よ」
 
('A`)「チップね」
 
 僕は長くて硬めのやつが好きだな、とダーツのパーツ名に話を向けることも考えたが、とにもかくにもやめておいた。やめておいて正解だったことだろう。下手すると、つまらない上、下ネタだと思われても仕方ないような発言になりかねない。
 
 ティップオフで試合がはじまる。白を基調としたユニフォームが僕たちしたらば学園バスケ部、黒を基調としたユニフォームが相手のチームであるらしい。白いユニフォームの男がボールを持っている。
 
('A`)(――ジョルジュだ)
 
 僕は彼の存在を認識する。
 
 ゆっくりとボールを床に弾ませながら、ジョルジュ長岡は、まるで散歩でもするようなリラックスした歩調で前進していた。
 
 
7
 
('A`)「嘘ん!?」
 
 僕は思わず声に出して驚いていた。
 
 ジョルジュが敵陣に入って少しのところで唐突にボールを放ったからである。
 
 常識レベルの知識として僕でも知っている、スリーポイントラインのはるか手前、何のきっかけもなさそうなところからジョルジュはシュートを打っていた。
 
 当然相手のチームのジョルジュ担当なのであろうディフェンスも警戒などしていなかったに違いない。何の妨害も試みられることなくボールは飛んだ。そしてシュルシュルと回転しながら素人目に見ても美しい放物線を描き、ボールはゴールのリングに吸い込まれていったのだった。
 
('A`)「――」
 
 リングを潜り抜けたボールが床に跳ねる音が聞こえる。僕たち以外にろくな観客などいないからだ。ここが客で満員のスタジアムか何かだったとしたら、この驚くべきプレイに拍手喝采が湧きおこっていたのではないだろうか。
 
(´<_`#)「オイコラ! ジョルジュはハーフ過ぎたら警戒せんかい!」
 
 ジョルジュに拍手が送られない代わりに、ジョルジュの担当ディフェンダーなのだろう男は後方から罵声を浴びていた。
 
 
8
 
('A`)「む・・?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」
 
('A`)「今の罵倒した男と罵倒された男、遠目だからかもしれないけど、なんというか・・似てないか?」
 
 似てる、というより、まるで同じ外見をしているように僕には見えた。
 
 顔、姿勢、雰囲気、すべてが酷似している。背丈は違うのかもしれないが、うまく遠近法を利用されたらどっちがどっちか僕にはすぐにわからなくなることだろう。
 
ξ゚⊿゚)ξ「似てて当然、あいつらは双子よ。流石兄弟っていうの」
 
('A`)「有名なんだ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「まぁ有名ね。揃って県代表になるくらいのプレイヤー」
 
('A`)「めちゃくちゃ凄いじゃないか!」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュも県代表よ。それに、ジョルジュはそこでもスタメン、あっちはベンチ。兄者はね。弟者はスタメンだけど、それはジョルジュとポジションが違うからね」
 
 要は彼らよりジョルジュの方が凄いプレイヤーということであるらしい。
 
 
9
 
 実際ジョルジュは凄かった。
 
 先ほどの超ロングシュートのせいだろうか、ジョルジュが敵陣にボールを持って乗り込むと、ディフェンダーがすぐに近くまで寄ってくるようになった。すると、反則なんじゃないのかと僕は思ってしまうのだが、ジョルジュは味方のひとりをディフェンスを邪魔する位置に立たせ、それを利用してマークを引き剥がすのだ。
 
 ひとたびディフェンダーが剥がれたらお手の物とでもいうのだろうか? ジョルジュは悠然と加速をはじめる。もちろん相手のチームも好きにはさせないとばかりに次のディフェンダーを寄せたり、剥がされたディフェンダーが猛追したり、守備妨害に失敗しては兄者と呼ばれた男が弟者と呼ばれた男に罵倒の言葉を吐かれたりしていた。
 
 ジョルジュがボールを弾ませながら前進すると、その勢いで撹拌された空気がチームメイトたちの動きを活性化させ、縦横無尽に走り回って攻撃を行うような印象だ。
 
 そしてその走り回る中でフリーになった選手ができると、そこにパスが通るのだ。どういった理屈で彼がフリーになるのか僕にはまったくわからないのだが、ジョルジュが出したパスの先を見ると、そこにはフリーになっている選手がいる。そしてフリーで打たれたシュートはよく入る。
 
 ゲームのハメ技のように簡単に点を取るしたらば学園バスケ部のプレイは面白かった。
 
('A`)「――ッ!」
 
 そして、次はどこにパスが出されるのだろう、と先読みのようにして試合を見るようになっていると、不意にジョルジュは自分でシュートを放つのだ。シュルシュルと回転したボールは美しい放物線でゴールした。
 
 
10
 
 22対15。それが長い笛が吹かれて試合が中断した時点での両チームの得点状況だった。7点差。これがバスケットボールにおいてどのような意味合いを持つ点差なのかは知らないが、意外と点差が離れてないな、というのが僕の印象だった。
 
ξ*゚⊿゚)ξ「どう、バスケは?」
 
 わずかに頬を上気させた金髪の女の子が訊いてくる。僕はゆっくりと頷いて見せた。
 
('A`)「思ったより面白い。もっと、勉強なしに見てもよくわかんないかなと思ってた」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうでしょ~、バスケは面白いんだって! 結局ボールをリムに投げ入れるだけだから、細かいルールや戦術を置いといたら結構単純な競技だしね」
 
('A`)「なんだかジョルジュが圧倒! って印象だったけど、意外と点差は開いてないね。そういうもんなの?」
 
ξ゚ー゚)ξ「良い質問ね。答えは、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、ってとこかな」
 
('A`)「なにそれ」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュは良いプレイしてる、そして目立つ、だから圧倒しているように見える、実際勝ってる。でも、思ったより点差が開いてないのは、ジョルジュ以外のシュートがそこまで入っていないのと、リバウンドをわさわさ取られているからね」
 
 
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('A`)「リバウンド」
 
 バスケに疎い僕でも『スラムダンク』は読んでいる。優れた漫画はその題材に詳しくなくても十分楽しめるものだからだ。この名作バスケ漫画において、リバウンドは勝負を制するキーファクターとして扱われていた筈だ
 
 長い笛が再び吹き、ベンチに収束していた両チームの選手たちがぞろぞろと再び散らばる。ジョルジュは背伸びをしながらゆっくり歩いていた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「特に相手側のオフェンスリバウンドね。弟者が大体取ってるんだけど」
 
('A`)「ああ、あの大きい方か」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうそう、流石兄弟の大きい方」
 
('A`)「弟の方がでかいだなんて、戸愚呂兄弟みたいでかえって覚えやすいね」
 
ξ゚⊿゚)ξ「とぐろ?」
 
 通じなかった古い漫画ネタを引っ張ることはせず、僕は試合に目を向けた。
 
 ちょうど兄者がボールを持ち込み、シュートを放ったところだった。外れる。そこに弟者が飛び込む。リバウンドを取った。
 
ξ゚⊿゚)ξ「ほらまた、これよ」
 
 
12
 
 ゴールからこぼれたボール、リバウンドを保持した弟者は、当然ゴールの近くにいた。まっすぐ上に飛び上がってシュートを放つ。僕はてっきりそうすると思ったのだが、彼はそうはしなかった。シュートの姿勢は振りだけで、実際には飛んではいなかったのだ。
 
ξ゚⊿゚)ξ「上手いね」
 
 シュートを確信して妨害に飛び込んだシタガクの選手はそのまま弟者にぶつかってファウルとなった。驚いたのは、弟者はディフェンダーとの衝突の中でボールをゴールへなんとか放り、それが結局ゴールしたことである。
 
 バスケットカウント・ワンスローというやつだ。漫画で覚えた、僕でも知ってる数少ないバスケ用語のひとつである。正しいスペルで覚えられてるか定かでないが、その意味するところは知っている。
 
 ファウルの最中に入ったゴールはそのままカウントされ、追加でひとつのフリースローがプレゼントされる。本格的に静まる体育館の空気の中、彼はそれをすんなり成功させた。
 
 22対18だ。さっきまで、印象ほど圧倒的ではないけれどそれなりの量あるとばかり思っていた点差は、たったの4点になっていた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「これをやられると正直キツい。うちには弟者と五分でやり合えるようなビッグマンがいないのよねぇ」
 
('A`)「ビッグマンね」
 
 その単語の通り、大きな選手と思っておけばいいのだろうか?
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「ビッグマンってのは単語の通り、体の大きな選手のことだと思っておけばそんなに間違いないわ」
 
 まるで僕の心の中の疑問を見透かしたようにツンは言った。
 
ξ゚⊿゚)ξ「正確にはポジション的な単語だから、背の高くないビッグマンとか、ビッグマンとはあんまり呼ばれない長身の選手もいるんだけど、そういうのは稀だから」
 
('A`)「ふぅん。ジョルジュはバスケ選手の中でもどちらかというと背が高い方だと思うけど、彼はビッグマンなのかな?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュはポイントガードだから、普通ビッグマンとは言わないわね」
 
 センターと呼ばれるポジションの選手のことを言うのかもしれないな、と僕はそれなりに理解した。
 
 しかし、僕の持っている『スラムダンク』の知識では、センターの選手はあまり俊敏な動きをしないイメージだったが、弟者は実によく動く。リバウンドのことを話題に挙げられ、優れた選手との紹介をツンから受けたので注目したから気づいたのだが、確かによくリバウンドを取っていた。
 
 ドリブルで切れ込んだジョルジュがパスを出した先にはやはりフリーの選手がいた。彼は滑らかにシュートを放ち、しかしそのシュートは外れる。弟者がむんずとリバウンドを掴む。
 
 その側には兄者がいて、ボールが渡ると、すぐさま彼はフィールドを縦に切り裂くような鋭く長いパスを投げていた。
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「タッチダウンパス!」
 
('A`)「うひょ~スッゲェ!」
 
 サッカーでいうところのキラーパスのような印象だ。自陣と敵陣をまとめて貫くようなロングパスは攻撃手の手に渡り、ろくな人数のいない守備を簡単にかいくぐってゴールした。敵のチームのプレイだけれど、拍手を送りたくなるほどお見事だ。
 
 点差は2点。次またゴールを入れられたら、同点か、あるいは逆転されることになる。
 
 それなりにあったが、それまでの展開からしたら意外と少ないように思えた点差が、試合再開からあれよあれよと詰められほとんどなくなったのだ。悪い流れだと言えるだろう。
 
 どうやらそう思ったのは僕だけではなかったらしい。
 
ξ゚⊿゚)ξ「悪い流れねぇ」
 
 ツンも呟くようにそう言っていた。
 
('A`)「あ、やっぱりそうなんだ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「まあでもこのくらいなら想定の範囲内、かな?」
 
('A`)「え~本当に? なんだか逆転されそうな気しかしないけど」
 
 
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ξ゚ー゚)ξ「ま、見ていなさいって」
 
 ツンがニヤリと笑ってそう言うのと、ジョルジュがひときわ高い音を立ててボールを床に弾ませたのが、ほとんど同時に僕の耳に届いた。味方も敵も攻撃の方向に足早に向かう中、ジョルジュだけが床にバウンドするボールに合わせてゆっくりと歩いている。
 
 慣性と反発係数という物理法則がこの世にはあるので、ボールは跳ねながら勝手に進む。ジョルジュはそこに手を加えることなく、フィールドのすべてを眺めるように、首を振りながら手ぶらで足を進める。近くにディフェンスがいたらとてもできないことだろう。
 
 自陣と敵陣の境目となるラインが近づく。そこには兄者が待っている。
 
 ようやくジョルジュはボールに手を伸ばし、それを再び強く床に弾ませた。
 
 じわり、とジョルジュが兄者に近づく。兄者が微妙にポジショニングを整え、もっともふさわしい形でジョルジュを迎える。徐々に緊張感が増していく。
 
 僕にはジョルジュの表情が見えない筈だが、なんとなく笑っているように感じられた。
 
 ジョルジュの履く靴と体育館の床が擦れる音が響く。それはジョルジュの加速、力強く踏み込んだ第一歩を意味していた。
 
 
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 それまでと違っていたのは、兄者の守備の邪魔をさせる役割の選手を利用しないことだった。
 
 ジョルジュと兄者の体格を比較すると、遠目にもわかる程度にはジョルジュの方が背が高い。手足も長い。その長い体と手足を上手に使い、ジョルジュは一瞬兄者に覆いかぶさるような進路を取って、そのディフェンスをすり抜けていた。
 
 それと同時にトップスピードに乗っている。これまでに見せたことのない、爆発的な推進力だった。
 
 ただちにそれまで他の選手についていた相手チームの選手がジョルジュの妨害に寄って来るが、いかにも遠い。ジョルジュの長い足が大きく出され、自動的に手の内に戻ってくるヨーヨーのような機構が備わっているとしか思えない速さと力強さで、ボールが床とジョルジュの右手を往復する。
 
 やはりディフェンスは間に合わなかった。ジョルジュがスリーポイントラインの中に侵入してくる。ボールが強く弾む音が体育館に響く。
 
 1歩。また1歩。そしてジョルジュがボールを抱えて飛び上がる。
  _ 
( ゚∀゚)「シャオラァッ!」
 
(´<_` )「むんッ」
 
 ゴール下には機敏な動きで弟者が急行していた。ジョルジュのシュートを阻止するべく、ビッグマンの体格が斜めの方向から手を伸ばして妨害を試みる。
 
 
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 ジョルジュの体格は平均的なバスケットボール選手より恵まれているのだろうが、弟者はそれより少なくともひと回り以上でかかった。
 
 ジョルジュの腕がボールをかかげ、ゴールへとそれを放ろうとする。そこに弟者が体ごと近づきながら手を伸ばす。防がれる、と僕は思った。この巨大な蜘蛛の巣のような左手に絡め取られることだろう。
 
 違った。
 
 ジョルジュは自由に動けない筈の空中で、ボールを持ち替えひらりと弟者をよけていたのだ。
 
(;'A`)「嘘だろどうなってんだ!?」
 
 理屈はわかる。正面衝突するベクトルで飛んでいるわけではないのだから、伸ばされた腕に当たらないよう縮こまっていれば、ブロックを避けること自体は不可能ではない筈だ。しかしながら問題は、ジョルジュも手を伸ばしてボールを放らなければ、シュートを打てないわけである。
 
 なぜならジョルジュはゴールに向かって飛んでいる。飛び上がる最中にボールを放ってしまわなければ、やがて体がゴールの真下に入り込んでしまい、シュート自体が不可能となる筈だ。
 
 僕が驚いたのは、飛び上がる最中を狙って襲い掛かる弟者の妨害をかいくぐり、そのため体がゴールを越えてしまったのに、通り過ぎた後ろのゴールにボールが放たれていたからである。
 
 
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 一体どのような力加減でボールを放ればこのようなシュートが成功すると思うのだろう?
 
 勢いよく突っ込んで飛んだ体はゴールを通り過ぎている。そしてジャンプの最高到達点も過ぎているので、ジョルジュの体は落下している。つまり、平面的な方向にも、鉛直的な方向にも、ジョルジュに働く慣性はゴールに対してマイナスに働いているのだ
 
 その状態でボールを放るということは、その慣性に打ち勝ちゴールに近づく強さでシュートを放つということだ。
 
('A`)(レイアップシュートの極意は『置いてくる』じゃあないのか!?)
 
 バスケ漫画の知識で僕はそう思う。持っている物理学的な知識からも難しい力加減なのではないかと思う。
 
 しかし、ジョルジュの放った背後へ向けたシュートは、いとも簡単そうにゴールネットに包まれたのだった。
 
 思わず僕の口から声が漏れる。
 
('A`)「すご・・!」
 
ξ゚ー゚)ξ「そうでしょぉ~?」
 
 ウチのジョルジュは凄いのよ、とツンは誇らしそうに胸を張った。
 
 
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 結局、このゴールが試合のすべてを決めたような印象だった。
 
 それはただの2点のシュートのうちの1本で、あらゆるシュートに貴賤はないんじゃないかと言われたらそれを否定するロジックを僕は持ち合わせていないのだけれど、とにかくそのように僕には見えた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「あのリバースレイアップと、その次のスリーがこの試合のキーだったわね」
 
('A`)「あ、やっぱりそうなんだ?」
 
 自分よりはるかにバスケットボールに詳しいのだろう金髪の女の子と同意見だったことを僕は嬉しく思った。
 
 そのスリーポイントシュートも凄かったのだ。
 
 同じような形で敵陣に入ったジョルジュにはふたりの選手が付こうとしていた。ダブルチームというやつだ。すると、ジョルジュはいとも簡単に味方にパスを出してボールを手放し、手ぶらになった身軽さでその外側へ回り込むように移動した。
 
 ディフェンダーから守らなければならないボールがない状態のジョルジュを止めることは不可能だろう。そうしてジョルジュはパスをもらった選手に近づくと、手渡しでボールを受け取った。それってアリなの、と思ってしまうような、パスミスの生じることないやり口だ。
 
 
20
 
 そしてジョルジュは加速した。スリーポイントラインを越え、ゴールへ突っ込む。違った。
 
 誰もがゴールへの突進を予期したに違いないタイミングで、ジョルジュはそこから飛びのくように、逆に後退していたのだ。そこはスリーポイントラインの外側だ。
 
 仮に僕がディフェンスだったとしても、このシュート体勢に入った男に詰め寄る気にはならなかっただろう。両手を広げてくるりと回っても誰にも触れないような距離感で、ジョルジュはゆっくりと狙ってスリーポイントシュートを放った。
 
 そしてそのボールはシュルシュルと回転し、虹を描きたくなるような美しい放物線でゴールのリングへと吸い込まれていったのだった。
 
ξ゚⊿゚)ξ「やっぱりゲームには流れっていうものがあって、それをコントロールするのがジョルジュは抜群に上手いのよね」
 
('A`)「コントロール?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「力の入れどころをわかってるっていうかさ。あのシュートが入らなかったら入らなかったでまた別のプランでいったんだろうけど、あそこが勝負どころだと思ったんじゃない? そこは絶対自分でいくの」
 
('A`)「そして決める、と。なんかもう全部自分でいけばいいんじゃないのって思っちゃうけどな」
 
 僕は正直に思ったところをそのまま言った。フリーでシュートを打つほかの選手たちよりも、無理やり打つジョルジュのシュートの方が良く入るのではないかとさえ思っていたのだ。
 
 
21
 
ξ゚⊿゚)ξ「だから、そこは流れとコントロールよ。言葉で説明するのは難しいけど」
 
('A`)「流れとコントロール――」
 
 難しいと自分でも言っていたように、ツンがそれから重ねた説明はあまり要領を得ていなかった。しかし、それまでの会話の流れとツンの話、僕が今考えたことを統合することは僕にもできる。
 
('A`)「ちょっとわかった気がする。ジョルジュのところで勝てるとわかってるなら、そこをずっと使うのではなく、切り札として取っといた方がいい、みたいなことかな」
 
ξ゚⊿゚)ξ「まあ、そうね。それができるのならね」
 
 勝負所で切り札を出すために、それまでのゲームは切り札1枚で勝てるようにコントロールしていくということなのだろう。効率性で劣るとしても周りを活用し、逆転されない程度に相手にも攻めさせる。
 
 相手に希望を与えておけば、劇的な対応をしてはこないだろう。自分たちのプレイを続けようとする筈だ。対応し、改善されたら、あるいは切り札の有効性が損なわれるかもしれないからだ。
 
 手を抜く、というのとは少し違うのだろう。全力を出さないわけでもない。確かに言葉で説明するのが難しいな、と僕は思った。
 
 
22
○○○
 
川 ゚ -゚)「どうだい弟よ、友達100人できたかい?」
 
 バイトから帰ってダーツの投げ込みをしていると、姉から声をかけられた。クーと貞子さんの座るソファの前にはローテーブルが置いてあり、そこにアルコールの類とおつまみの類が散乱している。
 
 今の彼女たちに必要なのは、共にダーツの研鑽に励む戦友ではなく、酒の肴となる話題なのかもしれない。
 
('A`)「100人なんてこれまでの総計でも無理だな。まあでもできたよ、友達は」
 
川 ゚ -゚)「それは喜ばしいことである」
 
('A`)「どうも」
 
川д川「バイト先も一緒なんだよね」
 
('A`)「一緒っていうか、そいつの実家で働かせてもらってる感じですね」
 
川 ゚ -゚)「利益相反! 雇用を握られてるじゃあないか」
 
 
23
 
('A`)「よく意味がわからんのだけど」
 
川д川「ええとね、友達の家で働かせてもらってるんなら、それで従業員対オーナー家として気を使わなければならないこともあるだろうから、真の友情はそこに芽生えないのではないか、的なことを言いたいんだと思うよ」
 
川 ゚ -゚)「解説ご苦労」
 
('A`)「アホらしい。真の友情ってなんだよ」
 
川 ゚ -゚)「知らないよ。ただ君に姉としてアドバイスしておくと、安易に『真の○○』なんて口にする輩を信用してはいけないよ」
 
('A`)「その姉が真の友情の話をしているわけですが」
 
川 ゚ -゚)「揚げ足を取る人間はモテないよ」
 
('A`)「僕は揚げ足を取ってない。足が揚がってるからそこに手を添えてるだけだ」
 
川 ゚ -゚)「よくわからないことを言うものだなァ」
 
川д川「それより私はアイスが食べたい」
 
川 ゚ -゚)「板チョコアイス、年中売られるようになったんだぞ。知ってたか弟よ?」
 
川д川「おとうとよ~」
 
 いつから飲んでいるのかもわからない酔っ払いふたりは僕にコンビニへの買い出しを要求してきた。
 
 
24
 
 年上の酔っ払いの要求に抵抗する気は起きなかった。
 
 あるいはダーツで勝負だ! と挑んでみるのも悪くはなかったかもしれないが、今の彼女たちからダーツに対する情熱を感じることはできなかった。道具はテーブルに散らばっているので、おそらく僕が返ってくる前に十分投げ込み、その後酒盛りをはじめたのだろう。
 
 既に消えている情熱の炎の焚き付けをイチからするのはどう考えたって面倒だった。僕はクーから少額の紙幣を握らされ、再び靴をはくことになった。
 
('A`)「貞子さんはパピコですね。クーは板チョコアイスでいいのか?」
 
川 ゚ -゚)「いや、ブラックモンブラン
 
('A`)「今板チョコアイスの話してたじゃん」
 
川 ゚ -゚)「板チョコアイスの話をしたら板チョコアイスを食べなきゃならないのか? 決めつけはよせ、多様性を認めろよ」
 
('A`)「多様性を目指すなら、バニラアイスをチョコレートでコーティングしたもの以外にした方がいいんじゃないの」
 
 板チョコアイスとブラックモンブランの類似点を挙げた僕の意見は却下された。
 
 
25
 
 まっすぐ向かうのも癪なので、僕はいつもは使用しない『ティマート』というコンビニへ向かって、いつもは通らない道をあえて通ってみることにした。散歩がてらというやつだ。
 
 この少し遠いコンビニへ向かう道を、さらに少し外れたところにそれなりに大きな川が流れていることを僕は知っている。結構な遠回りになるけれど、別に構わないさ、と僕は思った。今のあのふたりの様子を見ていると、今日は僕自身もこれ以上熱心な練習を重ねられる気がしないのだ。
 
 昨日のバスケの試合を思い出す。ゲームをコントロールするジョルジュは確かに輝いていた。第一印象の悪さがなければ、下手したら憧れていたかもしれない。
 
 クラスで僕はジョルジュの前に座っている。今日もいつも通り、当然といった顔で大幅に遅刻して登校してきたジョルジュは僕の後ろに腰掛けた。
 
 僕から彼に声をかけることはないし、彼から僕に声をかけてくることもない。
 
 それが僕らの日常だ。依然変わりなく進行中。
 
 実力テストの期間が終わり、昼食を学校でとる必要ができて知ったのは、2日に1度ほどの頻度でツンがジョルジュにお弁当を提供していることだった。
 
 当然のように行われるお弁当の受け渡しを、僕は何の反応もせず眺めることしかできなかった。ジョルジュにお弁当を渡したツンは、自分のお弁当を持って一緒に昼食を食べるグループへと机を離れる。僕はブーンとご飯を食べる。
 
('A`)(――やっぱり、付き合ってる以外ありえないよなぁ)
 
 自分で焼いた卵焼きにお箸を突き刺しながら、僕にはそのように考えるしかなかったものだった。
 
 
26
 
 右足と左足を交互に進め、僕は夜道を歩いていた。川沿いの風が頬を撫でる。向こう岸の街灯が水面に反射し、キラキラと輝いている。
 
('A`)(きっとジョルジュを気に入らないのは、僕側にコンプレックスがあるんだろうな)
 
 眺めるともなしに景色を眺め、汗ばんだ体で考える。
 
 はっきり言って、僕はいわゆるリア充ではない。完全に人見知りで社交性の低い陰キャだ。自身にそうした性質を望むこともないし、それで良いと思っている。満足はしているのだ。
 
 しかし、そうした充足とは別に、陽キャの人々に対する憧れはある。あれはあれで楽しそうだなぁと思うのだ。たくさんの友達に囲まれワイワイ騒ぎ、恋人や恋人候補と楽しく過ごす。理想的な幸福のひとつなのではないだろうか。
 
 ただし僕には絶対不可能だ。確信をもってそう言える。空を飛べる鳥を羨ましがる人は一定数いることだろうが、実際に、現実味をもって本当に空を飛べるようになりたいかと訊かれた場合に同意する人はいるのだろうか?
 
 空を飛べる生活は大変そうだと僕は思う。まず羽ばたく筋肉をつけなければならないし、その反面体重は落とさなければならないだろう。ひょっとしたら着る服や髪形も制限されるかもしれない。さらに、そこまで努力を重ねて飛べるようになったとしても、高山病にかかったりするかもしれないし、転落事故のリスクが伴うことだろう。
 
 そんな生活はまっぴらごめんだ。しかしながら、空を飛べたら楽しいだろうな、とたまに無責任に頭に浮かべることはある。そんな感じだ。
 
 
27
 
 ジョルジュはまさにそんな感じを体現していた。堂々とした態度のスポーツマンで、体躯に恵まれ顔立ちも整っている。学校やクラスに完全に受け入れられており、かわいい女の子と仲が良く、お弁当を作ってもらったり、休みを潰して自分のトレーニングのための動画を用意してもらったりしている。
 
 おそらく彼らは付き合っているのだろう。どこかでイチャコラしているというわけだ。いつもツインテールに束ねられているカールがかった金髪を下ろした姿を見たことがあるのだ。くりくりとした大きな瞳に自分の姿だけを映させ、微笑ませているのだろう。
 
 大きくひとつ息を吐く。彼らは何も間違ったことはしていない。まったくもって真っ当な青春を過ごしているだけである。これまで僕には縁がなくて、これからもおそらく縁がないのであろう素敵な日々だ。
 
 大きくひとつ息を吐く。
 
('A`)「ま、仕方のないことだけどな」
 
 僕は自分に言い聞かせるように呟いた。仕方ない。僕がそのような日常を手に入れられておらず、今の日常を過ごしているのは、少なからずこれまで僕が積み重ねてきた日々の影響によるものだからだ。
 
 そして、今の僕の日常は、決して満足いかないものではなかった。きっと無いものねだりをしているだけなのだろう。
 
 僕は川に反射する光の色味が変化していることに気がついた。
 
 
28
 
('A`)「ん、なんだこの色は・・?」
 
 違和感の原因はすぐにわかった。対岸ではなくこちら側だ。街灯が途切れ、少し離れたところに建物が建っている。
 
 ラブホだ、と僕は呟いた。
 
('A`)「うわぁラブホだ、たぶん。普通のホテルだったらこんなちょっぴり薄暗くした中に存在を感じさせるような照明をしている筈ない。確かに住宅街からは離れてるけど、こんなところにラブホ建てるかね」
 
 ラブホテルの敷地内に足を踏み入れたこともないまっさらな童貞であるにもかかわらず、僕はそのように評価した。しかし、川沿いというのはひょっとした良い立地なのかもしれない。リバービューというやつだ。
 
('A`)「こんなとこにラブホがあるとは知らなかったな。ラブホの近所のコンビニはコンドームが豊富に置かれているのかな?」
 
 これまで意識したことがなかったが、あるいは避妊具以外のアダルトグッズも常備しているのかもしれない。買う度胸も買ったものを持って帰る度胸もないけれど、一応チェックだけはしておこうと決意を固める。
 
 そして気づいた。ラブホの近くに誰かいる。まさに入ろうとしているところなのではないだろうか?
 
 
29
 
 誓って言うが、僕は何も目を凝らして観察していたわけではなかった。たまたま目に入ったのだ。誰が誰と一緒にリバービューのラブホテルで情事を重ねようと、そんなのは僕の知ったことではない。
 
 嘘だ。
 
 今僕の目に映った光景は、とてもではないが見過ごせるものではなかった。
 
 一組の男女だ。ラブホテルにお誘いあわせの上来ていることからもわかる親密度と密着度で歩いている。
 
 女の方は誰だかわからなかったが、その男を僕は知っていた。
 
 ビッグマンと呼ばれるポジションではないが、アスリートの中でも恵まれた体躯。長い手足と首の上に整った顔が乗っている。凛々しい眉毛が印象的なその男は、名前をジョルジュ長岡という筈だ。
 
 ジョルジュがツン以外の女を連れて歩いているのだ。
 
( A )「――なぜだ」
 
 僕には理解ができなかった。
 
 ジョルジュとツンは付き合っているわけではないのか?
 
 もちろんその可能性は否定できない。確認したわけではないからだ。しかし状況証拠は整っていて、どう考えても彼らの仲を付き合っていないとするのは、片思いの男が思い描く現実味のない願望である筈だった。
 
 しかし、事実としてジョルジュは今ツンではない女を連れて、僕が呆然と立ち尽くして眺める視線の先で、まさにラブホテルに入ろうとしているのだ。
 
 彼らは僕の方に視線を向けることなく、並んでホテルへと入っていった。
 
 
 
   つづく