('A`)の話のようです1-8.動揺

('A`)の話のようです【まとめはこちら】

1-8.動揺

 

1
 
 僕の勝利はあっさりと決まった。
 
 元から勝負になる筈がないのだ。数ヶ月のこととはいえ、僕はそれなりの時間をダーツに費やしてきており、それと引き換えに知識と技術と自信を得ている。
 
 最後に僕が残した点数は32点だった。クーや貞子さんとゼロワンで戦う場合に彼女たちがよく残す点数だ残点を調節する作業を僕たちダーツプレイヤーはアレンジと呼ぶ。
 
 思い通りのアレンジができた僕は、その時点で勝利を確信していた。
 
 この32点残しというアレンジは、ダブルアウトを狙う上で、プレイヤーの未熟さをある程度受け入れてくれる優れた数字なのである。その後16ダブルを狙ってわずかに外した僕はこのアレンジの有益性を実感した。
 
 ダーツ盤における16点の区域の隣には8点の区域が存在している。16ダブルを狙って8ダブルに刺した場合、残りは16点となり、そのままもう一度8ダブルを射られればゲームを締めることができるのだ。
 
 8ダブル、8ダブル、と連続して同じ区域にダーツを投げ入れた僕は、モニタに自分の残点が0と表示され、祝福のエフェクトが表示されるのを悪くない気持ちで眺めたのだった。
 
( ^ω^)「うおお~凄いお! 上手だお!」
 
 まあね、と僕はブーンに頷いた。
 
 
2
  _
( ゚∀゚)「くいい~ なんだよ、負けちまったよ!」
 
 お手上げのポーズで負けを認めるジョルジュに対して、ことさらそれをアピールするような気持ちに僕はならなかった。
 
 クリケットほどではないとはいえ、ゼロワンはそのゲーム性から、最終的に狙ったところにダーツを投げ入れる技術レベルを必要とする。どれだけ他のスポーツでの素養や生まれ持ってのセンスがあるにしても、初めてゲームをする初心者が現役のプレイヤーに勝てる筈がないのだ。
 
 ジョルジュはおそらく筋が良い。トップアスリートなのだから当然だろう。おそらく彼が一定の時間をダーツの練習に費やせば、現在の僕などすぐに追い越されてしまうに違いない。『アキレスと亀よろしくその時間に僕も上達することは不可能ではないかもしれないが、それもまた時間の問題というものだ。
 
 初心者と初級者の間に横たわる能力差はおそらく初級者と中級者の差よりも大きい。
  _
( ゚∀゚)「う~ん、よくわからねぇ! さっきと何が違うんだ!?」
 
 1投目をブルに入れたジョルジュが2投目をトリプルラインより外まで外している。このフリースローが苦手なバスケットボールプレイヤーは、自分のスローのばらつきが納得いかないようだった。
 
 いつもなら関わり合いになることを避けるところだが、今の僕は口を出す気になっていた。ここは僕の家で、僕はダーツプレイヤーだ。ダーツ初心者に有益と思われる助言をする権利はおそらくあることだろう。
 
 
3
 
('A`)「肘がね、固定されていないんだよジョルジュは」
 
 投げ込みをするジョルジュのフォームを見てすぐに気づいていた点を僕は指摘した。
  _ 
( ゚∀゚)「肘ィ? 気をつけてるつもりだけどな、ブレてるのか?」
 
('A`)「ブレちゃあいないよ、なんというか、それ以前の問題だ。知らずにこれを意識するのは案外難しいことなのかもしれない」
 
 僕はジョルジュに指示し、スローラインに立ってからダーツを構えるまでの流れを再現させた。立ち位置を定め、まっすぐに立ち、狙う箇所を見定めた視線の上にダーツを置く。
 
 もちろんジョルジュはそうできている。目線で僕に合図をし、腕を引く投射動作に入ろうとしていたジョルジュを僕は止めた。
 
('A`)「ストップ、投げなくていい」
  _ 
( ゚∀゚)「なんでだよ、肘が動くかどうか、投げてみないとわからねぇじゃねぇか」
 
('A`)「ジョルジュの肘が固定されていないのはスローの中での話じゃあないんだ」
 
( ^ω^)「! なるほど、構えの時点での話かお」
 
('A`)「ご名答。ジョルジュは構えを作った時点での肘の位置が、完全に自分の中で固定されていないんだと思う」
 
 
4
 
 初めにセットする位置が異なっていれば、その後のスロー動作がいくら揃っていたとしても、当然ダーツの軌道は変わる。僕は彼らにそれを説明した。
 
('A`)「――と、まあ、そんな感じだ。とはいえ、肘の位置が合ってるかなんて鏡でも見ないとわからないし、ある程度上達した段階だと鏡で見たところでわからないかもしれないけれど」
 
( ^ω^)「それじゃあダーツプレイヤーたちはどうやって確認するんだお?」
 
('A`)「そうだな、僕の場合は自分の体との相対位置みたいなものと、わかりやすい角度で調節するかな」
  _ 
( ゚∀゚)「あの、まったくよくわかりませんが」
 
('A`)「う~ん、そうだな、やっぱり言葉にするのは難しいな」
 
 ボリボリと頭を掻き、僕はダーツを持ってスローラインに向かい、注意深く足の形を作った。
 
 そしてフォームのイメージを彼らに伝える。どうせわかりやすくまとめることなどできやしないのだから、思ったままを口に出してみることにしたのだ。
 
 あくまで僕の場合はだけど、と前置きをして僕は話す。
 
('A`)「立つ足の形は直接見てわかるだろ、ラインに対する足のかけ方とか、両足の角度とか、自分の目で見てフォーム通りであることを確認できる」
 
 
5
 
('A`)「そして、この右足の真上に体を置いてやる。まっすぐ立つんだ。前のめりになった方が物理的なダーツ盤との距離が近くなるから有利なのかもしれないけど、僕はフォームの安定性を重視する。左足は添えるだけ。バランスを取る助けにする」
 
( ^ω^)「前のめりのフォームだと、のめり方が一定じゃあなくなるからかお?」
 
('A`)「そうだよ。のめり方って日本語があるかどうかは置いといて」
 
 そして僕は背筋を伸ばし、重力にまっすぐ逆らうイメージで鉛直上向きに体を置いた。
 
 ダーツ盤に視線を向ける。半身になった僕の視野には自分の肩が見えている。やや窮屈な構えとなるが、僕は完全に横を向いた。体は正面、顔は横。エジプトの壁画を連想できるかもしれない。
 
('A`)「こうすると肩が見えるだろ。自分の目で見て位置が調節できるんだ。この目と僕が狙う位置、今はとりあえずブルとを結ぶ直線でまっすぐこの空間を切り裂いた時、目と肩とブルがひとつの平面上にあるよう意識する」
 
 そして肘をきっかり90度の角度で曲げ、ダーツの先端を視線の上に置く。
 
 これで僕のフォームは完成だ。腕を引く。引き絞られた肘関節が自然と反発を生むタイミングで僕はそのエネルギーを解放してやる。弧を描く右手からダーツが離れる。
 
 浅い放物線の軌道をなぞり、僕の放ったダーツはブルへと吸い込まれるようにして突き刺さる。リリースの感触から僕はそれを知っていた。
 
 
6
 
 思い通りのスローができた感慨に少しだけふけり、僕はジョルジュとブーンに向けて肩をすくめて見せた。
 
('A`)「こんな感じが僕の投げ方かな、構えの中での肘の位置は例の切り裂かれた平面上だ。肩と同じベクトルにあるよう意識すれば固定の助けになると思う。運よくブルに入ってくれたから、多少は説得力が出たんじゃあないかな」
 
( ^ω^)「なるほど~、色々考えているものだお」
 
('A`)「皆がそうなのかはわからないけどね。感覚が優れているひとはここまでしなくてもいいのかもしれない」
  _ 
( ゚∀゚)「フォームは人それぞれってわけか」
 
('A`)「だって体の形がそれぞれ違うからね。その人に合ったフォームはその人にしか作り上げることはできないと思う。アドバイスはできるかもしれないけれど」
 
 ふうん、とジョルジュは何度か頷き、スローラインに立ってフォームを作った。
 
 そしてジョルジュがダーツを投げる。2投。3投。やはり筋が良いのだろう、先ほどまでより如実にフォームが安定している。ダーツのばらつきも小さくなっているようだ。
  _ 
( ゚∀゚)「お! 良い感じなんじゃあないか!?」
 
 爽やかな外見のイケメンが嬉しそうな顔をするものだから、僕も小さく笑ってしまった。
 
('A`)「いいと思うよ」
 
 
7
  _ 
( ゚∀゚)「なるほどな~。意識ポイントがわからねぇと、自分のフォームを見直すことはできねぇな、確かに」
 
( ^ω^)「ドクオはずっと前から気づいてたのかお?」
 
('A`)「そうだね、気づいてた。気づいて言ってなかったのは、僕の投げ方がジョルジュに合ってるかわからないからあまり最初から細かく指導のようなことをする気にならなかったのと、もうひとつは一応ゲームをしていたからさ」
 
( ^ω^)「おっおっ、それは良い心がけだお」
  _ 
( ゚∀゚)「そうだな。勝負事の最中に何か言われてもアドバイスとは思わないことだろうよ」
 
( ^ω^)「トラッシュトークってやつだお?」
  _ 
( ゚∀゚)「お前ボールの持ち方いつもと違わないか? なんつってな。――そういやおれも言わなかったが、ドクオ、お前のフォームもたぶんあんまり良くないぞ」
 
('A`)「え、僕のフォーム!?」
  _ 
( ゚∀゚)「ダーツじゃなくてバスケな。フリースロー意識してちゃんと見たらすぐに気づけることだろうが、やっぱり自分で気づくってのはできねぇよな」
 
 ちょうどお前のも肘が悪い、とジョルジュは言った。
 
 
8
 
 テーブルに置いてあったティッシュ箱を手に取ると、それをボールに見立ててジョルジュは僕に見えるように構えを取った。
  _ 
( ゚∀゚)「お前のフォームはこんな感じだ。これのどこが悪いかわかるか?」
 
('A`)「――肘なんだろ? 今言ったじゃないか」
  _ 
( ゚∀゚)「そうだよ。これがなんで悪いかわかるか訊いてんだ」
 
('A`)「――」
 
 正直僕にはわからなかった。そもそも僕はバスケットボールにおけるシュートフォームの教科書的なやり方をろくに知らない。バスケに関する僕の知識は大半が『スラムダンク』で得たもので、残りのほとんどすべてはツンから話して聞かせてもらったものなのだ。
 
('A`)(ん、でも、『スラムダンクでもシュートフォームのくだりがあったな――)
 
 主人公の高校生が初めてシュートを習う場面だ。僕はそれを頭に思い浮かべ、改めてジョルジュに目をやる。
 
 そして気づいた。
 
('A`)「――肘、肘か。なんというか、肘を開かない方がいい?」
 
 ジョルジュはニヤリと笑って頷いた。
 
 
9
  _ 
( ゚∀゚)「奇しくも同じような指摘になるな。フリースローは効率的にボールに力を伝えるというより、ガチガチに動きを固めるべきだからな、ちょっぴり窮屈かもしれないが、こうやって構える腕は肘がゴールに向かうようにして、まっすぐ引いてまっすぐ押し出すべきなんだ。肘の位置がまっすぐじゃないとボールに力がまっすぐ働かねぇ」
 
 少しの間、僕は言葉を失った。
 
('A`)「――本当に同じような種類の指摘だな。さっきまで偉そうに喋ってたのが恥ずかしいよ」
  _ 
( ゚∀゚)「ハ! それもお互い様だな! おれもお前のフリースローを見てすぐに気づいておきながら、ダーツのフォームにはまったく活かせていなかった! 笑っちまうな!」
 
('A`)「それもそうか。他人のふり見て我がふり直すのは難しいことなんだな」
 
 苦笑に近い笑みがこぼれる。ジョルジュは明るく笑っている。ブーンは相変わらず柔和な表情で、僕らはしばらくそれぞれの温度で笑い合った。
 
 そして練習を再開した彼らを僕はソファに座って見守ることにした
 
 紅茶を啜ってブドウを齧る。要望に応え、8ラウンド投げ合って点数の多寡を単純に比べるカウントアップのゲームをセットし、ブーンとジョルジュに競わせる。今後どうなるかはわからないが、とりあえず今のところはいずれもダーツを楽しんでくれているようだった。
 
 
10
 
('A`)(――喜ばしいことである)
 
 自然とそのように思えるのが不思議なようにも当たり前のようにも感じられる。やれやれだ。ソファに深く腰かけなおし、背もたれに体重を預けるようにして僕はこの部屋の様子を見るともなしにぐるりと眺めた。
 
 驚愕。
 
 その光景を目にした瞬間、僕はソファの上で軽く飛び上がるほどに驚いた。
 
(;'A`)「嘘だろなんで!?」
 
 思わず口から声が出る。なんでもくそもないのだが。
 
川 ゚ -゚)「やあやあ、ついに見つかってしまったか」
 
 僕の驚愕する様とその言葉にブーンとジョルジュの視線が集まる。心臓が強く脈打ち、僕の体中によくわからない汗のようなものがまとわりついてくるのがわかる。
 
 クーだ。
 
 この世帯における構成員のひとり、僕たちが今いる離れの実質的な居住者である僕の姉だ。ここにいること自体は彼女の当然の権利である。何も驚く必要はない。
 
 しかしながら、僕の知らないうちに、いつの間にか、クーが帰宅しており、玄関のあたりから僕らのことを観察していたのだった。
 
 
11
 
(;'A`)「ななななんでここにいるんだよ!?」
 
川 ゚ -゚)「心外だなァ、ここはわたしの家でわたしの部屋だ。それに、わたしはこれでもゆっくり帰ってきたつもりだよ」
 
 肩をすくめたクーはそう言い、顎で時計を指し示す。確かにずいぶんと時間が経っていた。
 
 それもその筈で、僕たちは公園でバスケットボールを投げ合った後、ここでこうしてダーツに興じているのだ。まったくの予定外。僕にはどうすることもできやしない。
 
 現実を受け入れた僕はやるべきことをやることにした。質問だ。これまでの我が身、立ち居振る舞いを鑑みながら、僕はクーへとひとつ尋ねる。
 
(;'A`)「――いつから、いたんだ?」
 
川 ゚ -゚)「いつから? そうだな、君たちが互いに見つめ合い、漫才終盤のオードリーよろしく『ヘヘヘ』と笑い合ったところあたりかな」
 
(;'A`)「そんな笑い方はやってねぇ・・!」
 
川 ゚ -゚)「無理もない。他人のふりを見たところで、我がふりを把握するのは、なかなか難しいことなのだよ」
 
(;'A`)「くそったれ結構前からいたんじゃねぇか!」
 
 クーは上半身を軽くのけ反らせ、わざとらしくへへへと笑った。
 
 
12
 
 僕、ブーン、ジョルジュ、と、クーはゆっくりと僕たちに視線を向けた。ニヤリと笑う。その笑みを丁寧に片付けて小さく頷き、クーは再び肩をすくめて見せた。
 
川 ゚ -゚)「ほらドクオ、わたしに彼らを、彼らにわたしを紹介したらどうなんだ? このまま放っとくつもりなのか?」
 
('A`)「わかったよ。・・ええと、こちらはクー、僕の姉だ。こいつはブーン」
 
( ^ω^)「内藤ホライゾンといいますお。よろしくお願いいたしますお」
 
川 ゚ -゚)「ブーンで内藤ほらいぞん・・?」
 
('A`)「ああ、そういやブーンはあだ名だな、こう見えて学年トップの秀才だ」
 
川 ゚ -゚)「わあすごい」
 
( *^ω^)「学年トップの秀才ですお!」
 
('A`)「お前こういうの謙遜するキャラじゃあないのかよ・・
 
川 ゚ -゚)「よろしく、ドクオと仲良くしてやってください」
 
( *^ω^)「もちろんですお!」
 
 
13
 
 クーの差し出した手を取り握手をするブーンを眺める。なんとも面倒くさいことである。
 
 これは客観的な事実として思うのだが、クーは美人だ。スタイルも良い。その艶やかな癖のない黒髪と彼女の好む小ざっぱりとした格好は、化粧っ気のなさというよりはむしろ、凛とした印象をクーに与えることだろう。
 
 気持ちはわかる。男友達の家で遊んでいて、思いがけず帰ってきたそいつの姉貴が美人だなんて、完全にフィクションの世界の出来事である。さぞかしテンションの上がることだろう。
 
 ただし、それは僕がその男友達側であればの話だ。
 
 この綺麗なお姉さんを誇りに思わないわけではないが、こちら側の当事者としては、自分の友人が姉に相好を崩しているのも、姉が保護者面して友人と話しているのも、どちらも見ていて気持ちの良いものではなかった。
 
('A`)(――ああ面倒くさい)
 
 ガシガシと頭を掻いて目をやると、ジョルジュはブーンと違って澄ました態度を取れていた。流石はかわいい女の子ふたりを股にかけるモテモテのトップアスリート、ちょっとやそっとの美人に対して狼狽えなんかしないのだ。
 
 
14
 
 ジョルジュと並んでブーンを眺める。クーは地元の国立大学薬学部に通う、それなりに高学歴な大学生だ。それなりの進学校で学年トップの秀才から供給できる話題は少なくないことだろう。
 
('A`)(――まったく、ブーンくんったらはしゃいじゃって!
 
 仮に僕がブーンに恋する女子高生だったとしたら、ぷりぷりとかわいく焼き餅を焼いていたことだろう。吐き気を催しそうな空想だ。
 
 それに引き替え、このジョルジュの落ち着きぶりはどうだろう。彼に対する嫌悪感の源であるその女性関係も、あるいは悪いことばかりではないのかもしれないとさえ思えそうなものである。
  _
( ゚∀゚)「――ぅっ ぃ」
 
 その落ち着いた様子のイケメンアスリートの口から独り言のようなものが小さくこぼれた。鼓膜を震わすその振動を、僕は言語となるよう解析する。僕の眉間に皺が寄る。
  _
( ゚∀゚)「――うつくしい・・」
 
('A`)「あ、こいつ駄目だわ」
 
 ジョルジュは落ち着いてクーとブーンの様子を眺めているのではなく、ただ単純にゆっくりと一目ぼれの恋に落ちていっていただけだった
 
 
15
 
 僕はその時、生まれて初めて、人が人に惚れていく様を至近距離で観察した。
 
 ブーンとの話がひと段落つき、クーの視線がジョルジュへと向く。一歩下がった位置にいる太い眉毛のイケメンに、クーは少しだけ近づいた。
 
川 ゚ -゚)「なんだか話し込んでしまったな、こんなつもりじゃあなかったんだけど」
 
( ^ω^)「なんだか引き留めてしまったようですみませんお」
 
(;'A`)「――ああ、ええと・・こちらはジョルジュ、バスケの上手なイケメンだよ」
  _
( ゚∀゚)「――」
 
 どうもイケメンです、くらいの挨拶をするかなと思っていたのだが、ジョルジュはまるで極端な人見知りであるかのような態度で小さく頭を下げただけだった。
 
 いつもと異なる様子のジョルジュに僕は動揺してしまう。おそらくブーンもそうだろう。
 
( ;^ω^)「んん? ジョルジュ怒ってるのかお?」
 
(;'A`)「いや、怒ってるわけじゃあないと思うけど――」
 
 
16
 
(;'A`)(――けど、何なんだ!?)
 
 僕はほとほと困ってしまった。
 
 とはいえ僕はジョルジュにクーを紹介し、クーにジョルジュを紹介したのだ。彼らが初めましてこんにちはをするターンに僕ができることはない
 
川 ゚ -゚)「? よろしくな、ジョルジュくん」
 
 すると、比較的大人である僕の姉が、訝しく思っている様相ながらも、ブーンの場合と同様に右手を差し出してくれていた。ありがたいことである。後はジョルジュがそれを取りさえすれば良い。
 
 ジョルジュはその手を食い入るように見つめると、シャツのお腹のあたりで自分の右手を丹念にぬぐい、やがて意を決したようにクーと握手を交わすに至った。
 
 そしてゆっくりと彼は訊く。
  _
( ゚∀゚)「あの――お名前を聞かせてもらえませんか」
 
 名前はさっき僕が教えただろ、という至極まともなツッコミをすることを許さない妙な凄みが、ジョルジュの目から感じられているのだった。
 
 
17
 
川 ゚ -゚)「名前!? クーです・・ええと、そろそろ手をいいかな?」
  _
( ゚∀゚)「これはとんだ失礼を。ぼくはジョルジュ長岡です」
 
川 ゚ -゚)「すると、君が国体で大活躍だったバスケットボールプレイヤーかな?」
  _
( ゚∀゚)「そうです。ぼくがジョルジュ長岡です」
 
川 ゚ -゚)「それはそれは。お噂はかねがね」
  _
( ゚∀゚)「ハ! 悪い噂じゃあないといいですなァ!」
 
川 ゚ -゚)「今のところ悪い噂ではないよ・・そろそろ手を離してはくれないかな?」
  _
( ゚∀゚)「失礼しました」
 
 ジョルジュはそう言い、ようやくクーからその手を離した。驚きの長さだ。日本に握手文化がないことばかりがこの印象の原因ではないだろう
 
 部屋がものすごい空気になっていた。
 
川 ゚ -゚)(――お前、何とかしろよ、友達なんだろ)
 
(;'A`)(――無理むり! なんだよこの状態!?)
 
 アイコンタクトで送られてくる問題解決依頼を僕はアイコンタクトで拒絶した。
 
 
18
 
 このものすごい空気をどのようにすれば爽やかなものにできるのか、僕には皆目見当がつかなかったが、おそらくこれしかないだろうということはわかっていた。
 
 会話だ。当たり障りのない世間話で良いだろう。何らかの妙手でこの空気を一転させるというよりも、何気ない会話で少しずつ撹拌し、薄めて流すべきである。
 
 ただし、この空気の中で始める世間話というのは何ともハードルが高いのだった。
 
 実際に沈黙の漂った時間はそこまで長いものではなかっただろう。おそらく10秒や20秒のことである。しかし、この永遠に続いてもおかしくないように感じられた空気の中で口を開いた姉に、僕は思わず尊敬の念を抱いた。
 
川 ゚ -゚)「ええと・・皆でダーツしたんだよな? どうだった? それとも経験者なのかな」
 
( ^ω^)「いえ、僕らは初めてでしたけど、何にせよ面白かったですお! ドクオくんも上手でしたお~」
 
川 ゚ -゚)「期間はそこまで長くないけど、ドクオはそこそこやってるからな。初心者狩り的に虐められてなかったらいいけど」
 
( ^ω^)「ドクオくんはそんなことしませんお。まあでも最後のジョルジュとのゲームは勝負だったから、ボコボコにやられてましたけど」
  _ 
( ゚∀゚)「ボコボコにやられました」
 
川 ゚ -゚)「それはなんとも、大人気のないことだなァ」
 
 
19
 
('A`)「いやでも一応勝負だったんだから、手を抜くのもそれはそれで失礼だろ」
 
川 ゚ -゚)「ハンデをつけてやればいい」
 
('A`)「つけたし。僕はダブルイン・ダブルアウトを守り、その上で先攻を譲ってやった」
 
川 ゚ -゚)「とはいえ今日初めてダーツに触る初心者相手じゃあ勝負になるまいこちらは501であちらは301とかくらいまでやるべきだったかもな」
 
('A`)「え、そんな設定できんの?」
 
川 ゚ -゚)「できるよ。詳細設定でハンデを付けることができるだろ」
 
('A`)「――知らなかった」
 
川 ゚ -゚)「知らなかったのは仕方ないけど、それで負けた方は少々かわいそうだな。罰ゲームは何なんだ?」
 
('A`)「罰ゲーム?」
 
( ^ω^)「――そんなもの、ありませんお?」
 
川 ゚ -゚)「勝負って言っといて敗北の代償なし? いかんねそれは」
  _ 
( ゚∀゚)「――いけませんか」
 
 勝負だからね、とクーは真面目な表情で言った。
 
 
20
  _ 
( ゚∀゚)「だってよ! ホラ条件を決めてもらおうじゃあねェか!」
 
('A`)「・・いやもう勝敗付いてるからね。その後に条件付けって明らかにフェアじゃあないだろ」
 
( ^ω^)「何でもありになっちゃうお」
  _ 
( ゚∀゚)「てやんでぇ! 男が負けといてただで帰れるかってんだ!」
 
('A`)(てやんでえ・・?)
 
 ジョルジュは明らかに冷静な様子ではなかった。
 
 どうやら一目惚れしてしまったらしいお姉さんに煽られているのだ。彼の言葉の通り、もう引き返せないような心境になってしまっているのだろう。
 
 君の専門であるバスケットボールでも、ゲームの度に何か敗北に関する罰ゲームか何かを設けてなんかいないだろ? と正論のようなものを彼に投げつけることが効果的だとは僕にはまったく思えなかった。
 
 そのように、どうしたものかと思っていた僕に助け舟を出してくれたのは、やはりと言うべきかブーンだった。
 
( ^ω^)「まあまあ、そもそもこれはドクオがジョルジュに突っかかってフリースロー決なんてやり始めたのが原因ですお。そちらではドクオがボロ勝ちだったんだから、1勝1敗の引き分けってことでどうですお?」
 
 
21
 
 ブーンの話を聞いた瞬間、クーは噴き出してしばらく笑った。
 
川 ゚ -゚)「なんだドクオ、お前、バスケ部のエースにバスケットボールで喧嘩売ったのか?」
 
('A`)「うるさいなあ、フリースロー限定ならひょっとしたらって思ったんだよ」
 
川 ゚ -゚)「今は?」
 
('A`)「深く反省している」
 
川 ゚ ー゚) プー クスクス
 
( ^ω^)「ボロ負けだったお」
 
('A`)「何度も言わなくていいだろ、はいはい、僕がアホでした」
 
川 ゚ -゚)「わかればよろしい。――それも賭けにはしていないのか?
 
('A`)「賭けって言っちゃったよ!」
 
( ^ω^)「そういう取り決めはしていませんお。だから、なんというか、相殺するようなイメージでどうですかお?」
 
川 ゚ -゚)「相殺ってそんな、通以降のぷよぷよじゃあないんだから」
 
 
22
 
 相殺システムの存在しない初代のぷよぷよを嗜むクーは、正しい表現でそう言ったのだが、それがブーンやジョルジュに伝わることはどうやらないようだった常にもっとも正確な情報がもっとも適切であるとは限らないのだ。
 
 大きくひとつ息を吐く。
 
 この勝負の当事者は僕とジョルジュだ。本来、僕たちが納得すれば他人に口を出されるいわれはないのだけれど、彼はどうやらただ面白がっているだけのクーの意向に沿おうとしている。彼女は僕たちがそれぞれ血を流すところを見たいのだ。
 
('A`)「それじゃあこうしようか。僕とジョルジュは1勝1敗だ、それぞれが敗北の代償をそれぞれに払うことにしようじゃあないか
 
川 ゚ -゚)「異議なし」
 
('A`)「どうしてクーが決定権を持っているように振る舞うのかよくわからないが、異議がないならよかった。ジョルジュは?」
  _
( ゚∀゚)「異議なし」
 
('A`)「その発言は自分の意志でできているのか?」
 
 まあいいか、と僕は言った。実際どうでもよかったからだ。
 
 残る問題はただひとつ。僕たちがそれぞれ負う代償を、どのようなものにするかである。
 
 
23
 
('A`)「・・どうしたものかな」
  _ 
( ゚∀゚)「先に吹っ掛けてきたのはそっちだろ。万一おれにフリースローで勝てたらどうするつもりだったんだよ?
 
('A`)「――」
 
 僕はジョルジュをじっと見つめた。
 
 彼にフリースロー対決を挑んだのは、彼に対しての苛立ちが僕の許容量の限界まで積み上がってしまったからだ。その引き金を直接引いたのはツンへの侮辱的な態度だったが、元はと言えば、ジョルジュがツンと高岡さんへ二股をかけていることがその苛立ちの源泉である。
 
 さらに己の感情を深読みすると、僕自身が少なからず好意を抱いているツンがそもそも彼の恋人なのであろうことと、それに伴う彼らの関係性が不満なのかもしれないが、これはどう考えても僕の勝手で独りよがりな感情だとしか思えなかった。
 
 単純で醜い嫉妬心がベースにあって、その上に二股を許せないだとか、ツンへの言動が気に入らないだとかいったものが乗せられているだけなのだろうか?
 
('A`)(――だとしたら、僕にそれを糾弾する資格がはたしてあるのだろうか?)
 
 僕はそのようなことを頭の中でぐるぐると考えてしまうのだった。
 
 
24
 
 先に痺れを切らしたのはジョルジュの方だった。
  _ 
( ゚∀゚)「ああもう、いいよ、面倒くせぇな。それじゃあこういうことにしようや」
 
川 ゚ -゚)「聞こう」
  _ 
( ゚∀゚)「あら! つまりはそう、そうですね、ぼくとドクオくんがそれぞれひとつ、言うこと何でも聞こうじゃあないかということですよ。あんまりなのはあんまりですけど」
 
川 ゚ -゚)「わかりやすくてとても良い」
  _ 
( ゚∀゚)「どうも! その要求がクーさんから見てあんまりだったら、他のものを何か言うということでひとつ、いかがでしょうかね!?
 
川 ゚ -゚)「ドクオは異論あるか?」
 
('A`)「――ない」
 
川 ゚ -゚)「よし決定だ」
  _ 
( ゚∀゚)「よォし、それじゃあドクオ、お前の方から何でも言いな。バスケ辞めろとかじゃあなければ聞いたるぜ」
 
('A`)「――そんなことは言わないよ」
 
 
25
 
 少しの間、僕は頭の中を努めてからっぽの状態にした。
 
 大きくひとつ息を吐く。自分が物事を色々と考えすぎる質であることは自覚している。それが場合によっては害となることも同時に把握している。だから、僕はできるだけ何も考えないようにして、凪の状態になった心の水面に浮かび上がってくるものが何なのかを見定めることにした。
 
 ツンだ。
 
 僕はウェーブがかった金髪をふたつに束ねた可愛いあの娘が好きなのであって、実際のところ、このジョルジュ長岡という男のことはどうだってよい。
 
 今も今後も僕には到底持ち合わせることがないであろう運動能力や陽キャの性質、顔やスタイルの良さが彼に備わっていることは羨ましく思うが、妬ましく思うかと言われるとそうではない。むしろそうした彼自身については、今日近くで見て概ね好意的に捉えられているほどなのだ。
 
 ツンだ。それに尽きる。
 
 しかし、先ほども考えた通り、ツンと彼との関係性をどうこうしろと言う権利が僕にあるかは甚だ疑問だ。ツンからしてもおそらく大きなお世話だろう。おせっかいを焼いてツンから不評を買うことは僕にとっても望ましくない。
 
 ただし、僕は知ってしまっているのだ。僕の今の状況で、ジョルジュにツンに対する不義理を咎めないでいるのは、僕にとってもツンに対して不義理を働くことになる。そのように僕は結論付けた。
 
 
26
 
 歯を食いしばって鼻からゆっくり深く空気を取り入れ、それをまたゆっくりと吐き出した。心を決める。僕はジョルジュをまっすぐに見た。
 
 怖い。が、この恐怖心に負けることが僕は何よりも怖かった。
 
('A`)「――ジョルジュが今かけている二股の状態を、解消するなり何なり、どうにかして欲しいというのが僕の要望だ」
  _ 
( ゚∀゚)「ふたまた!?」
 
( ^ω^)「ふたまた!?」
 
川 ゚ -゚)「俄然面白い話になってきたな!」
  _
( ;゚∀゚)「ちがう! 違います!」
 
 しどろもどろになって否定の言葉を吐くジョルジュを僕は冷ややかな目で、クーは熱烈に興味を持った目で見つめた。
 
川 ゚ -゚)「ほ~う、何がちがうんだい!?」
 
 どうしてこの場での問い詰め役をクーが買って出るのか僕にはよくわからないのだが、とにかく彼女が話を進めてくれそうなので、僕はそれを静観することにした。
  _
( ;゚∀゚)「おれは二股なんかかけてません!」
 
 
27
 
川 ゚ -゚)「ドクオの話と違うじゃあないかァ。わたしの弟が嘘を吐いてるとでも言うのかえ?」
  _
( ;゚∀゚)「嘘っていうか、よくわかりませんけど、ぼくは本当にそうなんですから!」
 
 何か証拠でもあるんですか、と言う彼の言葉にクーは深く頷いた。
 
川 ゚ -゚)「確かにそうだ。わたしも早とちりしてしまったな。ドクオ、証拠は確かにあるんだろうな?」
 
('A`)「もちろんだ」
 
川 ゚ -゚)「提出しなさい」
 
('A`)「提出はできない、僕の証言だけだからな。でも僕は見たんだ」
  _
( ;゚∀゚)「なにを」
 
('A`)「高岡さんとジョルジュがホテルに入るとこをだよ」
 
( ;^ω^)て「ハインとかお!?」
 
('A`)「そうだよ、ハインリッヒ高岡さんと、だ・・」
 
 日時も何ならそらんじられるぜ、と必殺の口調で伝えた僕に、ジョルジュは意外にも平静そうな顔をした。
  _ 
( ゚∀゚)「あァあれね。言いたいことはよくわかった」
 
 
28
 
川 ゚ -゚)「何やら反論がある様子」
  _ 
( ゚∀゚)「反論っていうか、あれですね。事実を事実として認識させてやるだけっていうか」
 
 ポリポリと頭を掻いてそう言うジョルジュの余裕な様子は僕に不安を与えるものだった。ひょっとしたら僕の見間違えだったのだろうか?
 
 その疑問を僕はそのまま口に出す。
 
('A`)「ひょっとして、見間違えだった?」
  _ 
( ゚∀゚)「いや見間違えではないと思うゼ」
 
('A`)「見間違えじゃあないんだ!?」
  _ 
( ゚∀゚)「あァ、あの、『ティマート』のあたりのラブホだろ? あいつは大体あそこを使うからな。いつのことかは知らねぇが、それは別段どうでもいいや」
 
('A`)「――」
 
 ジョルジュの言動はとても自然で、僕にはとても彼が態度を取り繕っているようには見えなかった。
 
 
29
 
 誤解だったということか。僕の体から力が抜ける。
 
( ^ω^)「それじゃあホテルには行ったけど、えっちいなことはしていないということかお? そういえばこの間のハインの絵のモデルはジョルジュだったお」
  _ 
( ゚∀゚)「いや、した」
 
( ;^ω^)「!?」
  _ 
( ゚∀゚)「セックスはしっかりとした」
 
(;'A`)「言い直さなくていいよ! やっぱり二股かけてんじゃあねぇか!」
  _ 
( ゚∀゚)「いやだからそれが誤解だってんだよ」
 
川 ゚ -゚)「kwsk」
  _ 
( ゚∀゚)「詳しく!? っていうか、そもそもおれは二股どころか一股もかけてねぇ! 単位が“股”でいいのか知らねぇけどよ!」
 
('A`)「何言ってんだこいつ・・」
 
川 ゚ -゚)「わたしの友人にゴムを付けたセックスは性交と認められないから自分は依然として処女童貞だと言い張る輩がいるけどな」
  _
( ;゚∀゚)「何ですかその親交関係わ・・」
 
 
30
 
 何はともあれ、とにかく、セックスはしていながらも二股どころか一股もかけていない、というのがジョルジュの一貫した主張だった。
 
 僕にはわけがわからなくなる。
 
 セックスをしていながらそうだということは、高岡さんはジョルジュにとって、恋人関係ではなく単なるセックスフレンドやセックスパートナーとでも言うべき関係なのだろうか? それではツンは?
 
 一股もかけていないということは、ツンとの関係もまた、彼氏彼女の間柄ではないとでも言うのだろうか?
 
('A`)「それじゃあツンともセックスフレンドなのか?」
  _
( ;゚∀゚)「うォい表現! 全然ちがうよ! ツンとはセックスもしたことねぇ!」
 
('A`)「――ノーセックス?」
  _ 
( ゚∀゚)「いえす、あいはぶのーせっくす、おーけい?」
 
('A`)「わけがわからなくなってきた・・」
 
 改めて、僕はわけがわからなくなってきていた。
 
 
31
 
 整理しようか、と、トーク番組におけるMCか、あるいは裁判における裁判長のような役割を何故だか果たしているクーが言った。
 
川 ゚ -゚)「ジョルジュくんに二股疑惑がかかっている対象はそのハインさんとツンさん、間違いないね?」
 
('A`)「・・ありません」
 
川 ゚ -゚)「ジョルジュくんは二股どころか一股でもないと言う」
  _ 
( ゚∀゚)「その通りです」
 
川 ゚ -゚)「ひとつずつ説明してもらおうか。ええと、まずはハインさん。ジョルジュくんは彼女とセックスしておきながら、股ってないということは、いったいどういう関係だと言うのかな?
 
('A`)(股る・・?)
  _ 
( ゚∀゚)「なんというか、雇用契約のようなものですね。ぼくはハインにあることを頼んでいて、その対価として肉体関係を提供しています。だからハインに対する僕の立ち位置は、彼氏というより男娼に近い」
 
('A`)「男娼・・」
 
( ;^ω^)「・・現実世界で初めて聞く単語だお」
 
 
32
 
 なるほど、とクーは言った。
 
川 ゚ -゚)「質問は?」
 
('A`)「・・ありません」
 
( ;^ω^)「・・その、あることというのは?」
  _ 
( ゚∀゚)「それは追々」
 
( ;^ω^)「おいおい!?」
  _ 
( ゚∀゚)「別に今言ってもいいんだけどよ、どうせ流れで話すことになるだろうからな」
 
川 ゚ -゚)「それでは流れで聞くことにしましょう。ハインさんとの関係はわかりました。それでは次にツンさん、彼女とはセックスをしていない?」
  _ 
( ゚∀゚)「していませんねェ!」
 
川 ゚ -゚)「肉体関係がすべてだとは言いませんが、一般的に、それなら股ってる疑惑をかけられる必要もないのでは?」
 
('A`)「異議ありツンさんとジョルジュくんの学校での接し方は、客観的に見てとても親密であると思います」
 
 なんとなくの雰囲気上、背筋を伸ばしたかしこまった態度で僕は言った。
  _ 
( ゚∀゚)「何なんだよその喋り方・・」
 
 
33
 
川 ゚ -゚)「なるほど、ここは第三者の意見を聞きましょう。ブーンくんはどう思います?」
 
( ^ω^)「はい、僕から見ても、ツンさんとジョルジュくんは、付き合っていると思われる方が自然な距離感にあると思いますお」
  _ 
( ゚∀゚)「お前も乗るんだ!?」
 
川 ゚ -゚)「なるほど、ジョルジュくん、これらに対してどう思いますか?」
  _ 
( ゚∀゚)「そうですねェ! 勝手に思ってろって感じですが、まあしょうがないかなとも思います」
 
川 ゚ -゚)「あくまで股っていない上での正当な接し方であり、彼氏彼女の事情は君たちの間に存在しない、と?」
  _ 
( ゚∀゚)「カレカノはありません。ただし、正当な接し方かというと、ちょっと違うかもしれません」
 
川 ゚ -゚)「kwsk」
  _ 
( ゚∀゚)「ツンとの間にも、ハインとのように、雇用契約のようなものがあるからです。契約というほど縛られたものではありませんが、ぼくたちの間には確かにあります」
 
川 ゚ -゚)「――ほう。ハインさんの場合、ジョルジュくんは頼みごとをし、対価として肉体関係を提供していた。ツンさんの場合はどうですか?」
 
 
34
  _ 
( ゚∀゚)「おれがツンからもらっているものは――ハインの場合と同じです。同じ頼みごとをしています」
 
川 ゚ -゚)「なるほど。追々話すと言っていたあれですね?」
  _ 
( ゚∀゚)「あれです。そして、ぼくが提供しているのは――」
 
 ジョルジュはそう言い、腕を組んで何やら考え込むような素振りを見せた。言葉を探しているようだ。ハインとの関係性を躊躇なく男娼に喩えられた男の言い淀みに僕の緊張はいや高まる。
 
 一体何を、ジョルジュはツンに対して提供しているというのだろう?
 
 時間で言うとほんの2秒や3秒のことだろう。ジョルジュは小さく頷き言葉を続けた。
  _ 
( ゚∀゚)「――何というか、努力です。おれはツンに対してたゆまぬ努力を提供しています」
 
('A`)「努力?」
 
 なんじゃそら、と予想外の回答に素直な反応が僕の口からこぼれる。何に対する努力なのかもわからないし、それが対価に値するものなのだとしたら、ハインとの肉体関係の価値がよくわからないことになる。
 
( ^ω^)「それは、何に対する努力なんだお?」
 
 同じことが気になったらしく、ブーンはジョルジュにそう訊いた。
 
 
35
  _ 
( ゚∀゚)「う~んとな、前提として、おれはボーラーなんだよな」
 
('A`)「バスケットボールプレイヤーってこと?」
  _ 
( ゚∀゚)「そうだ。おれの最終的な目標は、NBA選手になることだ」
 
川 ゚ -゚)「NBAって、あのNBA? アメリカの?」
  _ 
( ゚∀゚)「そうです。実際にできるかどうかはわかりませんが、ぼくはそれを目指しています」
 
川 ゚ -゚)「すごいな。それで?」
  _ 
( ゚∀゚)「ツンはおれを応援してくれているわけです。おれがボーラーとして成り上がり、最終的にNBA選手になることが、そのままツンの望みでもあるといった次第です」
 
( ^ω^)「それが・・その夢に向かって最大限の努力をすることが、ツンに対する対価になっているということかお?」
  _ 
( ゚∀゚)「そうだ」
 
 そうだ、と言い切るジョルジュの表情にはまったく迷いが感じられなかった彼らの間には彼らにしかわからない信頼関係のようなものが存在しており、ジョルジュはそこに揺るぎない確信を持てているのだろう。
 
 完全に理解はできないが、そういうこともあるかもしれない、と想像することは僕にもできる。
 
 
36
 
川 ゚ -゚)「なんにせよ、事情はわかった。これは確認なんだが、そこに愛はないのかな?」
  _ 
( ゚∀゚)「ないですね。あいつとはそういう関係じゃあない」
 
 即座にそう言うジョルジュの顔にはやはり迷いは見られなかった。
 
 少なくともジョルジュにとって、ツンは恋人めいた存在ではないのだろう。
 
 もちろん僕らを煙に巻くために心にもないことを言っている可能性はあるけれど、そういう嘘は言わない人間なのではないだろうかと僕は自然とジョルジュのことを認識していた。そのことに気づいて僕は自分に少し驚いたほどである。
 
 今日の今日、苛立ちがピークを迎えて喧嘩を売るようなことをした男を、どこか信じてしまっているのだ。笑える心境の変化である。
 
川 ゚ -゚)「ニヤついちゃって。やっぱりツンさん狙いだったか」
 
(;'A`)「な、なにを!?」
 
川 ゚ -゚)「即座に否定はしない、と。よくわかったよ」
 
(;'A`)「ちがう!」
 
 何やら微笑ましい雰囲気で僕を眺めるブーンとジョルジュに向かい、僕は再度「ちがう!」と叫んだ。何も違いはしないのだが。
 
 
37
 
('A`)「ゴホン! ええと、それで、ツンや高岡さんへの頼みごとってのは結局何なんだ? 流れで言うって言っておきながらその流れにまったくなりませんが!」
 
川 ゚ -゚)「おいおい急に余裕がなさすぎじゃあないか・・?」
 
('A`)「うるさい! ジョルジュ、こたえなさい!」
 
 そう言い彼を睨みつけた僕の視線に動じることなく、ジョルジュはゆっくりと肩をすくめて見せた。
  _ 
( ゚∀゚)「それはこれからその流れになるからだよ」
 
('A`)「ど、どういうことだよ!?」
  _ 
( ゚∀゚)「だって次はおれの番だろ? ありもしない二股を解消しろと言ってたお前の要望は既に果たされたと思うんだが、違うのか? 単なる勘違いだったからノーカンってのはなしだと思うゼ」
 
川 ゚ -゚)「それはなしだな」
  _ 
( ゚∀゚)「ですよね~! さあそれじゃあおれのターン! ドクオ、お前におれの要望を聞き入れてもらう!」
 
('A`)「な、なんだよ・・?」
 
 
38
 
 正式に自分のターンになったことを確認したジョルジュは、満足そうにゆっくり頷き、その整った顔を悪い大人がするような笑顔に形作った。
  _ 
( ゚∀゚)「わからないかな? この流れでハインやツンへの頼みごとを明かすということは・・」
 
('A`)「と、いうことは・・?」
 
 悪い予感しかしなかった。
  _ 
( ゚∀゚)「お前にもそれをやってもらう!」
 
(;'A`)「で、ですよね~」
 
川 ゚ -゚)「要望の成否はわたしが判断するんだろ? どんな頼みごとなんだ?」
 
 ツンへの対価は置いといて、男娼の接し方を余儀なくされる頼みごとである。どのような内容なのか皆目見当がつかず、僕はこの倫理観よりどちらかというと娯楽要素の方を重要視する姉の良心を神に祈った。
 
 そしてジョルジュは頼みごとの内容を明かした。それは予想通りと言うべきか、想定の範囲外のものだった。
  _ 
( ゚∀゚)「ドクオにはぼくの弟の世話をしてもらおうと思います。週に1日、放課後すぐからだいたい夜の8時か9時まで。何回するかは要相談」
 
川 ゚ -゚)「なにそれすごい面白そう」
 
(;'A`)「はァあ!?」
 
 まったく意味がわからなかったが、どうやら僕に拒否権はないようだった。
 
 
   つづく