('A`)の話のようです1-7.スローライン


('A`)の話のようです【まとめはこちら】
1-7.スローライン

 


1
 
 放課後僕らはバスケットボールゴールの設置されている公園に来ていた。僕とジョルジュと、そしてブーンだ。ブーンは勝負の見届け人としてジョルジュによって指名され、抗うことなく付き合ってくれている。
 
('A`)「ふぅん、こんな場所が近所にあったんだ」
  _
( ゚∀゚)「おれの秘密の練習場所だ。学校の連中はなかなか来ない」
 
( ^ω^)「まぁ学校内に自由に遊べるコートがあるから、わざわざ公園まで来る奇特な学生はいないだろうお」
  _
( ゚∀゚)「ここなら自由に決闘ができる。おれとフリースロー対決なんかしてたら、お前明日から学校中の笑いものだぞ」
 
('A`)「それはどうも、お気遣いありがとう」
 
 僕は慇懃な態度でそう言った。そして同時に考える。フリースロー対決なんてして、僕に万が一負けることがあったら、この男こそ明日から学校中の笑いものになってしまうに違いない。
 
 僕を守るようなことを言いながら、実のところ守っているのは己なのだ。完璧超人のように見えるバスケ部エースの矮小さを僕は初めて感じていた。
  _ 
( ゚∀゚)「ボールはこっちに隠してる。練習したけりゃしていいぞ」
 
 
2
 
 これから対決する相手の申し出など拒否しても良かったのだが、フリースローの練習風景を見られたところでこちらに害はまったくない。どころか、このような野外の公園に保管されたバスケットボールのコンディションを知っておくという点では非常に有益なことだろう。
 
 これは勝負だ。勝利条件さえ満たすことができれば、そのほかの事項はすべてがどうでも良い筈だ。僕はこのしっかりとした眉が印象的なスポーツマンから茶色のボールを受け取った。
 
('A`)(――空気がまるで入ってない、なんてこともなさそうだな)
 
 僕はジョルジュが足で引いたフリースローラインに立った。ゴールを見上げる。
 
 体育館と公園の違いなのだろうか? 僕にはゴールが遠く感じられる。
 
( ^ω^)「ラインとゴールの距離ってどのくらいなんだお?」
  _ 
( ゚∀゚)「あぁん? 大体4メートル半くらいだ。適当に引いたけどそんなもんだろ」
 
( ^ω^)「4.5メートル・・ま、こんなもんかお」
  _ 
( ゚∀゚)「気になるならブーンが引き直してもいいぜ」
 
( ^ω^)「僕は別に構わないお。若干短いと思うけど、ドクオはきっかり4.5メートルがいいかお?」
 
 むしろ若干短いのかよ、と僕は思った。
 
 
3
 
('A`)「いやこのままでいいよ。引き直そうとこのままだろうと、どうせ同じところから投げるんだ」
 
( ^ω^)「というか、短いのと長いのと、どっちの方が有利なのかもわからないお~」
  _ 
( ゚∀゚)「ハ! ろくにボール触ったことない素人がセンチ単位の距離を気にしたところで変わらねぇだろ。きっかり規定の距離じゃあないのはおれにとっては不利だろうけどな」
 
( ^ω^)「納得」
 
 僕も納得したので、線を引き直すことはせずに僕はそこからボールを放った。
 
 重い。
 
 ボールが指から離れた瞬間わかる失敗だった。ボールがゴールに届いていない。
 
 かろうじてリングに当たる程度には飛距離が出ていた。ゴィンとゴールリングの手前ギリギリにボールはぶつかり、当然弾かれ、鎖製のネットをくぐることなく地面に落ちる。
 
(;'A`)(あれ!?)
 
 同じように行ったフリースローシューティングがまったく同じ結果を残さない。
 
 僕は大きく動揺していた。
 
 
4
○○○
 
 勝負がつくのに時間は10分とかからなかった。それは計ったわけではないけれど、いずれにせよ、ほとんど瞬殺だったと言っていいだろう。
 
 もちろん僕がだ。
  _ 
( ゚∀゚)「お~い、まだやるかァ?」
 
('A`)「・・黙ってろよ」
 
 ジョルジュを睨んで僕が放った5本目のフリースローはリングに弾かれた後ボードに当たり、なんとかゴールリングをくぐった。ざくりと鎖のネットを通過する手ごたえ。僕は大きくひとつ息を吐く。
 
 後攻を選んだ僕のスローが成功し、5本ずつ放ったフリースローの成功数は、5対2で僕の方が負けていた。
 
('A`)「入れたぜ」
  _ 
( ゚∀゚)「いやまァ入れたけどよ。3本差だぜ」
 
( ^ω^)「まだドクオの勝つ確率はゼロパーセントではないお」
  _ 
( ゚∀゚)「ま、いいけどよ。あらよっと」
 
 簡単そうにジョルジュが放ったフリースローはやはり簡単そうにゴールした。
 
 
5
 
 ようやくコツを掴み直した僕はその後スローを失敗させなかったが、いかんせん序盤に犯した3度のミスが痛かった。
 
 初めの取り決めでは10本勝負プラス必要に応じてのサドンデス形式だった。ジョルジュが1本のミスショットを挟みながら、8本中7本目となるスローをジョルジュが成功させた時点で、僕が勝つ見込みはサドンデスでしかありえなくなる。
 
('A`)「・・あっ」
 
 ゴィンとボールがリングにぶつかる。こうして僕は敗北をした。
 
( ^ω^)「・・なんというか、ドンマイだお」
  _ 
( ゚∀゚)「そこそこ良い追い上げだったぜ。惜しかったな」
 
 2本のスローを投げることなく勝敗の決した僕らの最終スコアは7対4だった。かろうじてダブルスコアは免れているので、惜しかったと言ってもあるいは怒られはしないのかもしれない。
 
('A`)「・・ぐう」
  _ 
( ゚∀゚)「おいそれぐうの音か? 現実世界で出すやついるのか」
 
( ^ω^)「まあまあ、これで決闘はおしまい、ドクオは負けを認めるお」
 
('A`)「負けた負けた! くそったれ! フリースローへたくそじゃあないじゃねぇか!」
 
 
6
 
 半ばやけっぱちのようになって言った僕の言葉にブーンは深く頷いた。
 
( ^ω^)「確かに。試合中はあんまりフリースロー入ってなかったけど、あの日は調子が悪かったのかお?」
  _ 
( ゚∀゚)「べっつに~? まあただ当然練習の方が成功率は高いさ。練習でできないことが試合でできるわけないだろう?」
 
( ^ω^)「それはそうかもしれないお」
  _ 
( ゚∀゚)「やれやれだ。ハ! 身の程知らずがバレなくてよかったな!」
 
 バスケットボール・エリートにとって、フリースローレースで僕に勝ったことなど当然どうでもいいのだろう。僕の敗北を鼻で笑い飛ばし、ジョルジュはボールを地面に弾ませ複雑怪奇な動きを始めた。
 
 ドリブルだ。それはわかる。ただし、ジョルジュが両手を駆使して行っているボールの動きが、どうしてそんなにコントロールされるのか、どのような力の加え方をしたらそのようにボールが動くのか、どうしてそのような神業テクニックをまったく手元を見ることなく行えるのか、僕にはまったくわからないのだった。
 
( ^ω^)「うお~凄いお! 上手だお!」
  _ 
( ゚∀゚)「ハ! これでもエース様だからなァ。フリースローが苦手に見えたとはいえ、よくもまあおれにバスケで立てつこうと思ったもんだな。どこに自信があったんだ?」
 
 
7
 
 ちょっと遊びで調子が良かったからか、とからかうような口調で続けたジョルジュをブーンは制した。
 
( ^ω^)「いや、満更それだけじゃあないみたいだお」
  _ 
( ゚∀゚)「あァん何かあんのか? そいつバスケは素人だろ?」
 
( ^ω^)「確かにドクオはバスケに関しては素人だけど、ダーツが上手なんだお!」
  _ 
( ゚∀゚)「ダーツ!? って、あのダーツか?」
 
( ^ω^)「あのダーツだお」
  _ 
( ゚∀゚)「キルアが6歳で極めたあれか?」
 
( ^ω^)「いや、7歳だったかもしれないって言ってたお」
  _ 
( ゚∀゚)「そうだっけ? ていうか今どうでもよくないかそれ」
 
( ^ω^)「よくないと言う理由はどこにもないお」
  _ 
( ゚∀゚)「ん、それどっちだ? どうでもいいのか?」
 
( ^ω^)「それこそどうでもいい話だお」
 
 
8
 
 ブーンとの問答で煙に巻かれたようなジョルジュは首を捻って肩をすくめた。
  _ 
( ゚∀゚)「というか、ダーツとバスケって関係あるのか?」
 
 ブーンはそれに答えることなく僕に視線を投げてよこした。どうやら僕に返答させるつもりらしい。
 
 大きくひとつ息を吐く。僕はゆっくり頷いた。
 
('A`)「直接の関係はないかもしれないけれど、ダーツとフリースローは似てるんだ。フリースロー以外にも、シュート全般がそうかもしれない」
  _ 
( ゚∀゚)「は~ん? あ、そういや確かにお前良いシュート打ってたな。あれもダーツのおかげなのかい?」
 
('A`)「僕はそう思ってる」
 
( ^ω^)「おっおっ、ドクオのシュートは上手だったお。きっとダーツも上手いに決まってるお」
  _ 
( ゚∀゚)「ふゥ~ん」
 
 何かを考えこむように長い息を吐いたジョルジュは、やがて何かを思いついて決めた様子で顔を上げた。
  _ 
( ゚∀゚)「よし、やろうかダーツ!」
 
('A`)「はァ?」
  _ 
( ゚∀゚)「ダーツだよダーツ! ダーツ勝負だ! どこでやるのか教えやがれィ」
 
 
9
 
 そのジョルジュの言動に驚きの声を上げたのは僕だった。
 
(;'A`)「はぁあ!? ダーツすんのジョルジュが?」
 
 当の本人、ジョルジュは涼しい顔をしている。まるで既に決定した事項に僕が後から文句を言っているとでも言いたげな態度だ。わけがわからない。
 
 助けを求めようとブーンを見ると、僕の視線を受けた柔和な表情の男は深く頷いた。
 
( ^ω^)「ちょうど僕らは今日ダーツしようと思ってたところだお。ジョルジュもご一緒したらどうかお?」
 
 どうかお? じゃねぇ! と僕は憤ったが、抗議をの声を上げるより先に彼らは勝手に話をまとめようとしているかのようだった。
  _ 
( ゚∀゚)「なるほど! それじゃあそうさせてもらいましょうかね。おいドクオ、そのダーツってのは、いったいどこでやるんだい!?」
 
('A`)「えッ・・ああ、う~ん、ブーンとは僕の家でやるつもりだったけど」
  _ 
( ゚∀゚)「お家ね! おっけ~☆」
 
( ^ω^)「建もの探訪するお~」
 
('A`)「・・ほんとに来るのかよ」
 
 
10
 
 うんざりした態度を見せながら、その実、正直なところ僕は悪い気がしていなかった。
 
('A`)(・・どうしてだろう)
 
 出発する前に部活をサボった分のトレーニングをすると言ってはブーンを補助に、ボールを使ったトレーニングや公園にある鉄棒などの施設を利用した筋トレを行うジョルジュを眺め、僕はぼんやり考えた。
 
 僕はジョルジュに苛立っていた筈だ。彼はツンや高岡さんといった、僕には到底手が届かないであろうクオリティの女の子たちを二股にかけ、あまつさえツンを軽んじるような発言をした。僕はそれに苛立った。
 
('A`)(それが、今はどうだ?)
 
 僕はジョルジュとフリースロー対決をし、惨敗を喫した。それを海の深さで悔しがるでもなく、ほかの勝負をけしかけるでもなく、ただ敗北を受け入れ彼の仕度が済むのを待っている。
 
 いや、敗北を受け入れてなどいないのかもしれない。僕はジョルジュにわざわざ負かされたような気はしていない。それは彼が勝者としての振舞いを僕らに見せていないからなのかもしれないし、バスケ部のエースとしての実力を目の当たりにして勝敗を論じる立場に自分がいないと思ったからかもしれない。
 
 あるいは彼の明るい言動がそう思わせないのかもしれないし、
 
('A`)(――そういえば、初めてだ。僕がジョルジュから名前を呼ばれたのは)
 
 単純に、彼から初めてドクオと名前で呼ばれたのが嬉しかったのかもしれない。
 
 
11
○○○
 
 結局僕らは3人揃って僕の家に向かうことになった。正確には、僕の家の敷地内にある、ほとんどクーが独占している離れだ。ここにはトイレも簡易キッチンも付いているので母屋に顔を出す必要はないだろう。
 
 離れの鍵を開けながら、母屋の家事担当者である僕は、今すぐ処理しなければならない家事が残っていないことを頭に浮かべて確認する。彼らとダーツに興じた後でも十分間に合う範囲だろう。日ごろの自分の働きぶりに感謝である。
 
( ^ω^)「おじゃましますお~。本当に何も買ってこなくてよかったかお?」
  _ 
( ゚∀゚)「いいって言うんだからいいんだろ。邪魔するぜ~」
 
('A`)「たぶん何かあるから大丈夫だけど、人から言われるとむかつくな」
  _ 
( ゚∀゚)「うっひょ~広ぇ! あれがダーツか!?」
 
( ^ω^)「ダーツボードだお! カッコイイお~」
  _ 
( ゚∀゚)「確かにそうだ。おいダーツはどこだよ投げてみたい、おれらに投げ方教えろよ」
 
('A`)「う~んと、ここらへんに真鍮ダーツがある筈だけどな・・」
 
 僕はそう言って消耗品ストックの入っている棚を探り、ダーツプレイヤーから見たらオモチャのようにしか見えない真鍮製のダーツを6本取り出した。
 
 
12
 
('A`)「うわ、チップがハードダーツになってる。ちょっと待ってな付け替えるから」
 
( ^ω^)「ハードダーツ?」
  _ 
( ゚∀゚)「なんだよハードとかソフトとか。SMの話でしか聞いたことねぇぞ」
 
('A`)「僕はSMの話を現実世界で聞いたことないよ。ハードダーツってのはチップ、この先端部分が金属製なんだ。プラスチック製なのがソフトダーツ
 
( ^ω^)「軟球と硬球みたいな感じかお?」
 
('A`)「大体そうだな、ハードダーツの方が硬派っぽい感じもするし」
  _ 
( ゚∀゚)「ルール違うのか? ていうかダーツってルールあるのか?」
 
('A`)「いやルールはあるだろ・・競技なんだから」
  _ 
( ゚∀゚)「ハ! そりゃそうか!」
 
('A`)「ほら、これでいいんじゃないかな」
 
 僕は彼らに金色に輝く真鍮製のダーツをそれぞれ3本与えた。そして投げ方、というより持ち方の説明をしようとして、見本を見せようにも自分のダーツがないことに気がついた。
 
 
13
 
('A`)「まず持ち方だけどさ・・ちょっと1本貸してみ」
  _ 
( ゚∀゚)「嫌だよ。これはおれンだ!」
 
(;'A`)「嘘だろなんで拒否するんだよ、大体それって貸してるだけなんだけど」
 
 後頭部をポリポリと掻き、この不遜な態度の男に強く言ってダーツを1本提供させるのと、その隣で初めて手にする道具をまじまじと観察し、自分からこちらに手を差し伸べようとはしない学年トップの成績上位者に声をかけること、そして棚から僕のマイダーツを持ってくる労力のどれが一番マシかを僕は頭の中で考えた。
 
 当然自分で動くのが一番楽だ。僕はタングステン製のマイダーツを手に取った。
  _ 
( ゚∀゚)「おぉ~それが本物のダーツか! ちょっと見せろよ!」
 
('A`)「本物って何だよ、それも本物だよ」
  _ 
( ゚∀゚)「いいや嘘だね。だってこれから投げるってのに、こいつは部品が間違っていたんだろ? とても日常的に使ってる道具じゃないだろ、偽物だ」
 
 もしくは安物だ、とジョルジュは続けた。
 
('A`)「う~ん、安物ってのは正解だ。たぶんこっちの方が高い」
 
( ^ω^)「僕らを騙していたのかお!?」
 
('A`)「騙したわけじゃあねぇよ。なんだよそのテンション」
 
 
14
 
 僕は彼らに、渡したダーツが真鍮製である旨の説明を行った。
 
('A`)「お前らに持たせたダーツは真鍮でできてるんだ。確かに比較的安いけど、別に性能が悪いわけでもないし、初めて投げる練習に使うのに不備はないと思う」
  _ 
( ゚∀゚)「しんちゅう・・って、何だ!?」
 
( ^ω^)「銅と亜鉛の合金だお。黄銅なんて呼ばれたりもするお」
 
(;'A`)「・・そうなの!?」
 
( ^ω^)「? 5円玉とか真鍮だお?」
 
(;'A`)「・・知らなかった」
  _ 
( ゚∀゚)「おいおい頼むぜダーツの先生よォ」
 
('A`)「5円玉はダーツじゃあないし、ジョルジュも知らなかっただろ・・」
  _ 
( ゚∀゚)「ハ! 知らね~なァ!」
 
('A`)「説明先に進めていいかな?」
 
 どうぞどうぞ、と彼らは言った。
 
 
15
 
( ^ω^)「僕らのこれが真鍮製ってことは、ドクオのそれは違うのかお?」
 
('A`)「ああ、これはタングステン製だ」
  _ 
( ゚∀゚)「タングステン! 知ってるぞ!」
 
( ^ω^)「お、何で知ってるのか知ってるかお?」

  _

( ;゚∀゚)「何で!? う~ん何だっけかなァ、理科かな~?」
 
('A`)「化学と言えよ・・」
 
( ^ω^)「でもタングステンを習うのって理科の時代のことじゃあないかお? 高校化学でタングステンって、遷移金属元素だし、2次で要るやつくらいしか勉強しないお」
 
('A`)「そういやそうか。『元素記号Wとか草生えるわwwwタンwwwグwwwステンwww』とか言って、僕がたまたま覚えてるだけだった」
  _
( ;゚∀゚)「なんじゃあその覚え方わ・・」
 
('A`)「どうでもいいだろ! そしてブーンは知ってるのかもしれないけど、タングステンはとても比重が重い。めちゃくちゃ重い。だから、同じ重さのものを作ろうとしたらタングステン製だと凄く小さく作れて、頑丈だし、コスパ的に最適なわけだな」
 
( ^ω^)「なるほど。確かに真鍮製よりタングステン製の方がだいぶスリムだお!」
 
('A`)「僕のもそっちも、重さはせいぜい1グラムとか2グラムとかしか違わない筈だ」
 
 
16
 
 比べて見ると如実だ。金色に輝く真鍮製のダーツはずんぐりとしたフォルムをしている。それに比べて、タングステン製の僕のダーツはシュッとした直線形で、それはもちろんダーツのデザインにもよるのだけれど、説明を聞いた後だとことさら洗練されたものに見えることだろう。
  _
( ゚∀゚)「そっちをおれに使わせな!」
 
 そう言うジョルジュを退ける理由は特になかった。
 
('A`)「別にいいよ、基本的な投げ方は変わらないし」
 
 ジョルジュとダーツを取り換え、僕は真鍮製のダーツを少し眺めた。ずんぐりとしたフォルムは確かに野暮ったい印象を与えるかもしれないが、機能として劣っているようなことはない。
 
 確かにダーツ技術が向上し、同じ小さな範囲内に3本を集められるようになってくると、その太さが障害となることもあるだろう。単純に邪魔だからだ。だからほとんどすべてのダーツはタングステン製の細い造りとなっているわけだが、ダーツ初心者に見捨てられたような今では、真鍮製ダーツの野暮ったいダサさも、僕にはなんだか可愛らしく感じられるものである。
 
('A`)「こうやって、バレル――胴体の、中心あたりに重心の位置を探るんだ」
 
 
17
 
 人によって微妙に異なるが、概ねダーツは重心か、重心のやや後ろを握るのが良いとされている。それは力学的に、効率的に力を伝えられるからなのかもしれないし、毎回同じ場所を握る際の目印となるからかもしれないし、あるいはただの迷信のようなもので、実はより良い握り方があるのかもしれない。
 
 その根拠のほどは知らないが、僕はとにかく教科書的な投げ方を彼らに教えた。重心のあたりを持って、半身に近いスタンスで立ち、必要に応じてやや前のめりになってダーツを投げる。同じダーツを同じ投げ方で同じように投げれば、理論上毎回同じところに飛んでいくというわけだ。フリースローと同じである。
 
 この離れの広いLDKには2枚のダーツ盤が設置されている。ひとつはアプリと連動させて備え付けのモニタへゲーム状況を表示させられる、お高いデジタル仕立てのダーツ盤と、もうひとつは単純にダーツを刺しては抜くのに使う、いわゆるブリッスルボードと呼ばれる練習用のダーツ盤だ。元々はハードダーツ用のものなのだろうが僕たちは関係なく使用している。
 
 ジョルジュの初めて投げたダーツは凄い勢いでブリッスルボードに突き立てられた。軽く僕の口から驚きの声が漏れるくらいの勢いだった。
  _ 
( ゚∀゚)「うっひょ~当たった! 気持ちイィ~」
 
(;^ω^)「めちゃくちゃ刺さってるけど・・大丈夫なのかお?
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( ゚∀゚)「え、うそ。壊れるとかある?」
 
('A`)「ないよ」
 
 大丈夫だ、と僕は言った。
 
 
18
 
('A`)「これはブリッスルボードって種類のダーツ盤なんだけど、麻をぎゅうぎゅうに敷き詰めて作ってるんだ。だからどんなに深く突き刺さっても実際穴は空いてない」
 
( ^ω^)「へぇ~。面白い構造だお」
 
('A`)「死ぬほどの回数抜き刺しするわけだからな。考えたひとは凄いよな」
  _ 
( ゚∀゚)「よくわかんねぇけど、大丈夫だってことはよくわかった。ドクオ、あれは何点なんだ? 変な色のところに刺さってるけどよ」
 
 必要十分な理解力を見せたジョルジュはそう聞いた。彼のダーツはトリプルラインに刺さっている。
 
 僕はダーツ盤を指さし説明をした。
 
('A`)「ああ、これはいわゆるトリプルってやつだ。その一帯に入った場合は3倍の得点が得られる」
 
( ^ω^)「お得だお」
 
('A`)「お得だ」
  _ 
( ゚∀゚)「で、おれの今のは何点なんだ?」
 
('A`)「2点のトリプルだから、2かける3で6点だ。お得だったな。ちなみに、おそらく狙った真ん中のブルと言われるところは50点」

  _

( #゚∀゚)「めちゃくちゃ少ないじゃねぇか!」
 
('A`)「お得と言うより焼け石に水だったな」
 
 
19
 
 ジョルジュは気を取り直して残り2本のダーツを放った。
 
 元々肉体的に優れているというのもあるのだろうが、力の使い方におそらくセンスがあるのだろう。腕だけを振るシンプルなフォームから放たれたダーツは直線的な軌道で勢いよくダーツ盤に刺さっていく。
  _
( #゚∀゚)「うォい真ん中にいかねぇぞ!」
 
 しかしそう簡単にブルには入らないようだった。
 
('A`)「3点と、16点だ。合計25点でこのラウンドは終了」
 
( ^ω^)「3本で1ターンみたいな感じかお。25点ってどうなんだお?」
 
('A`)「どう・・? 何とも答えようがない質問だけど、ダーツ盤は20等分されたエリアに1から20の得点が振り分けられているから、期待値的には1投につき10点ちょっとになる筈なんだ」
 
( ^ω^)「ということは、3投で25点は期待値以下だお!」
  _ 
( ゚∀゚)「うるせぇな! わざわざ計算してんじゃねぇよ」
 
('A`)「狙ったところに入らなかった得点は、多かろうが少なかろうが単なる運に過ぎないから、あまり考えることに意味はないと思うよ。ジョルジュは初めて投げたにしては上手な方なんじゃあないかな」
 
 知らんけど、と付け加え、僕は彼らにそう言った。
 
 
20
 
( ^ω^)「さてと、それじゃあ僕も投げてみるお~」
 
('A`)「タングステンの投げるか?」
 
( ^ω^)「いやいいお。性能が違うわけじゃあないんだお?」
 
('A`)「そうだ、と、思う」
 
( ^ω^)「ま、違いなんてわかんないだろうし、違うなら違うでこっちを先に投げといた方がありがたみが感じられそうなもんだお!」
 
 スローラインに立ったブーンはゆっくりとした動作でダーツを投げた。なんとなく堂に入っているように感じられ、僕は小さく感心する。
 
 トスン、とブリッスルボードにダーツの衝撃が吸収される。ダーツの飛んだ先はトリプルラインの外だった。
 
( ^ω^)「お~、確かにこれは気持ちがいいお!」
  _
( ゚∀゚)「な。何ていうか、刺さった手ごたえが気持ちいいよな」
 
 ブリッスルボードにダーツを突き刺す感触は僕も好きだ。安価であるのに加えて、単純に投げるのが気持ち良いというのが、このダーツ盤を練習用に備え付けている理由である。
 
 
21
 
 彼らはしばらく思い思いのペースで交互にブリッスルボードの前に立ち、ダーツを3本ずつ投げていた。僕は冷蔵庫の中身を確認してお湯を沸かし、楊枝を刺した一口大フルーツの盛り合わせと紅茶を用意した。
 
 もちろん汚れた手でダーツを触って欲しくなかったからである。
 
 皮ごと食べられる種なし品種のブドウを齧る。バスケ部のエースは流石の運動神経ということなのか、ダーツ盤から矢を外すことなく練習を重ねている。これはなかなか凄いことだ。
 
('A`)(このブリッスルボードは、というか、ブリッスルボードはハードダーツ用だからな・・ソフトダーツ用の板と比べて一回り小さいんだ)
 
 彼らに一度貸し与えた真鍮製のダーツにハードダーツ・チップが装着されていたのも、完全にパーツを間違えていたり、ジョルジュが言うように偽物だったからではない。差し心地という点で考えると、餅は餅屋というわけではないが、ハードダーツを投げた方が確かに気持ち良いのだ。
 
 実際僕もハードダーツを時々投げてみたくなる。ゲームをするにはアプリによるデジタル処理がありがたいのだが、少し気分を変えた練習をするにはとても優れた選択肢なのである。
 
 
22
 
( ^ω^)「なかなか上手く狙ったところに行かないお。何かコツとかってあるのかお?」
 
 カットパイナップルを頬張りながらブーンが訊く。僕は唸るような声を出した。
 
('A`)「う~ん、そうだな、よく言われるのは投げた後の手の形かな」
 
( ^ω^)「フォロースルーってやつかお?」
 
('A`)「そうなのかな? 僕はその単語の方がよくわからないけど、そうかもしれない。投げ終えた後、目的地に向かってまっすぐ指さすつもりで腕を伸ばすといいらしいんだ」
 
( ^ω^)「指さす」
  _
( ゚∀゚)「指さす」
 
 どうやらブーンの質問への返答に聞き耳を立てていたらしいジョルジュも自分に言い聞かせるように呟いた。
 
 そしてジョルジュは改めて立ち直し、大きくひとつ息を吐く。ダーツを構え、腕を引き、引き絞られた弓矢の弦が解放されるようにして腕を振る。ダーツが飛んだ。
 
 飛んだダーツはまっすぐな軌道を描き、勢いよくブルへと吸い込まれていった。
 
 
23
  _
( ゚∀゚)「! これか!?」
 
('A`)「お~、やるじゃん」
 
 輝く瞳でこちらを向いたジョルジュに僕は拍手を贈ってあげた。実際見事だ。
 
('A`)「今とまったく同じイメージでもう2本投げてみな」
 
 ジョルジュは無言でダーツ盤を睨みつけ、再び大きくひとつ息を吐く。僕とブーンは果物にもお茶にも手を伸ばすことなく彼がダーツを放つのを見守る。
 
 トスン
 
 と、ブリッスルボードにダーツが刺さる時特有の、触感を含有したような静かな音が僕の耳に届く。ダーツはブルをわずかに外れていたが、これまでにないグルーピング精度でダーツ盤へと収まっている。
 
 続く3投目、今度はガシャリと音が鳴った。
 
 刺さったダーツに投げたダーツが衝突する音だ。細いタングステンのバレルはこの衝突に負けることなく、1本目のダーツのすぐ隣に深く突き刺さる。
 
 すなわちブルだ。ブル、13点、ブル、という優秀なラウンドをジョルジュは体験したのだった。
 
 
24
  _
( ゚∀゚)「ウヒョ~ ど真ん中に2本いった! 凄くねぇ!?」
 
( ^ω^)「凄いお~」
 
('A`)「流石バスケ部、大したもんだな。今のは合計113点、ロートンとかトンとか呼ばれる点数だ」
  _
( ゚∀゚)「とん? なんじゃそら」
 
('A`)「僕も詳しくはわからないけど、たぶん100点のことをトンって言うんだよね」
 
( ^ω^)「ローってのは低いのかお?」
 
('A`)「151点、3本すべてブルに入れるハットトリックが150点だから、ブル狙いじゃ取れない高得点を出した場合をハイトンって言うんだ。だから100から150点までがロートン。3本中2本はマグレじゃなかなか入らないから、ダーツ始めた初日でロートン出すのはなかなか凄いことかもしれない」
  _
( ゚∀゚)「よっしゃ凄いのか。よしよし!」
 
( ^ω^)「僕もロートン目指して頑張るお~」
 
 
25
 
 頑張るのは良いことだ。練習を重ねるふたりを眺め、その様子を僕は好ましく思った。
 
 ダーツの最適なスローフォームはおそらく人によってかなり異なる。利き手はもちろんのこと、利き足や効き目、体格自体が違うのだから当然といえば当然なのだが、ダーツプレイヤーは自分に合ったスローフォームを手探りで求める必要がある。
 
 大変なことだけれど、しかしそれは同時に喜びでもある。工夫を凝らした結果、スローの精度が向上し、狙ったところにダーツを射られるようになる快感は、本能に訴えかけてくるような強烈なものなのだ。
 
 大げさに言って良いならば、それは僕たちがかつて狩猟民族だったことの証明なのだろう。
 
('A`)(ん、でも、日本人って農耕民族か? 稲作が伝来するまでは狩猟民族だったりするのかな? 農耕できないわけだからな・・)
 
 自分で勝手に思い浮かべた考えへの疑問を呈していると、ダーツ盤から3本のダーツを引き抜いたジョルジュが僕を見つめていることに気がついた。
 
 何か質問でもしたいのだろうか? それは違った。
  _
( ゚∀゚)「――そろそろ、やろうか」
 
 不適な笑みを浮かべたジョルジュは、僕にそう言ってきたのだった。
 
 
26
 
('A`)「やるって、何を?」
  _ 
( ゚∀゚)「対戦だよ。勝負しようや」
 
('A`)「いいけど――ジョルジュ、ダーツにどんなルールのゲームがあるのかも知らないんじゃあないの?」
  _ 
( ゚∀゚)「ああ知らないねェ! そこから教えてもらおうじゃあないの」
 
('A`)「そうだなぁ、代表的なのはゼロワンかクリケット、ゲーム性はなくなるけどシンプルなのはカウントアップってところかな」
  _ 
( ゚∀゚)「どれも皆目見当がつかないじゃないの!」
 
( ^ω^)「カウントアップはその名の通りかお?」
 
('A`)「そうだね、それぞれ3本ずつ8ラウンド投げ合って、単純に得点が高い方が勝ちって感じだ」
  _ 
( ゚∀゚)「ふゥ~ん。でもまあやってて面白くないのはなァ」
 
( ^ω^)「他のはどんなルールなんだお?」
 
('A`)「話すのはいいけど、たぶんやってみないとよくわからんよ」
 
 
27
 
 そうしてゼロワンとクリケットのルールを彼らに説明した結果、僕らはゼロワンに興ずることになった。ダーツ初心者の彼らにとって、クリケットのルールはわかりづらく、その面白さもまったく伝わらなかったのだ。
 
 それぞれが予め点数を持ってそれを削り合い、最終的にぴったりゼロになるところを目指す、というゼロワンのルールは比較的飲み込みやすいようだった。
 
('A`)「それじゃあゼロワンにしようか。普通僕らは501をするんだけど、ジョルジュとやるなら301の方がいいかもな」
  _ 
( ゚∀゚)「さんまるいち? アパートの部屋番かよ、何だそれ」
 
('A`)「最初に持ってる点数が501点か301点かってことだよ。あまり高い点数から始めて全然終わらないなんて嫌だろ、試合を終わらせる最後の1投がキモなんだから」
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( ゚∀゚)「試合を終わらせる最後の1投ね、気に入った。それにしようや」
 
('A`)「それじゃあ301で、ゼロになった瞬間決着だから先攻が有利だ、お先にどうぞ」
  _ 
( ゚∀゚)「ふふん。舐めんなよ、おれのダーツぢからを」
 
( ^ω^)「わざわざ倒置法で言うとは恐れ入ったお」
  _ 
( ゚∀゚)「ハ! 見てな!」
 
 スローラインに立つジョルジュが放った第一投は、はたしてブルへと突き刺さった。
 
 
28
 
 一応試合ということで、お高いデジタル仕立てのダーツ盤を僕たちは使用している。ブルに入った際に上がる銃撃のような効果音がひとつ飛び、モニタの表示が301から251へと変化した。
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( ゚∀゚)「うおゲーム的な音! テンション上がるな!」
 
 ウキウキとジョルジュは2の矢3の矢を放っていく。それらはブルには当たらなかった代わりに1本は20シングル、1本は11トリプルへと突き立った。
 
 合計103点だ。ロートンである。このアワードを表す火の鳥が飛び立つようなエフェクトがディスプレイに表示され、ジョルジュは大いに調子に乗った。
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( ゚∀゚)「ウッヒョ~楽しい!」
 
( ^ω^)「またロートンだお!」
  _ 
( ゚∀゚)「偶然の要素も大きいけどな。それじゃあひとつ、ドクオさまのお手並み拝見といこうかね」
 
('A`)「はいはい」
  _ 
( ゚∀゚)「早くしろよ! この感触のままで次を投げてぇ」
 
('A`)「はいはい」
 
 
29
 
 ジョルジュのおどけた口調に急かされ僕はスローラインの上に立った。
 
 大きくひとつ息を吐く。
 
 左手に束ねて握っているのは真鍮製のずんぐりとしたダーツが3本だ。決して投げ慣れてはいない。
 
 しかしそんなことはどうでもよかった。僕はそのうち1本を右手の人差し指に乗せて重心の位置を確認すると、そのやや後ろ側を親指と人差し指でつまむ。そして中指をそこに添わせる。
 
 僕のダーツの握り方だ。
 
 ラインに足の位置を合わせる。つま先だ。そこから足首、膝、腰、体幹部と、意識を下から上に登らせる。肩の位置までセットしたところでダーツを構える。ダーツ盤に向かった僕の視線の上にダーツの先端を揃えてあげる。
 
 視野が狭くなっているのがわかる。集中できているのだろう。集中力によって、脳が不必要な視覚情報を無視するようになっているのだ。
 
 16ダブル。そこが僕の今狙っている箇所だった。
 
 意識することなく僕の腕が後ろへ引かれる。その肘を支点とした円運動はやがて一瞬静止し、そして自然と投射の動作に入る。
 
 自分の放ったダーツが思い描いた通りの軌道を通過し、ダーツ盤へと到達するのが、ダーツが指から離れたその感覚だけで僕にはわかった。
 
 
   つづく