( ゚∀゚)の話のようです2-1.ポイントガード
( ゚∀゚)の話のようです【まとめはこちら】
2-1.ポイントガード
1
おれはコート上の将軍だった。
と書くと偉そうに見えるかもしれないが、これは単におれのポジションを表す英語表現の直訳だ。単にポイントガードをやってますよという話であって、なにも王様プレイと呼ばれるような独善的な立ち振る舞いをおれがしているわけではない。
どころか、実際のおれのコート上での仕事内容は、好き勝手な行動とはほど遠い。
攻撃の起点までバスケットボールを無事に運び、その間にチームメイトに指示を出すわけだ。そして相手の対応を観察し、これまでの情報と照らし合わせて最終的な判断をする。それは敵も、時には味方でさえも、おれの思った通りに動いてくれるとは限らないからだ。
まったく、許しがたいことである。
しかし、許しがたいからといってチームメイトを冷遇することは許されない。それはバスケで同時にコートに立つのがたったの5人の選手だからだ。ひとりが調子を崩すとそのチームに対する影響はとても大きいし、チームの空気が悪くなれば、ただ単純にひとり分の能力が低下するばかりでは済まなくなってくる。
だからおれたちポイントガードの仕事は中間管理職のような性格をしている。選手は誰しもボールに触れたいものだ。そして自分に放てるシュートをしたい。この欲求はボーラーの本能のようなものであって、口でどのように言うやつであろうとも、決してその存在を無視してはいけないとおれは常々考えている。
2
とはいえボールはひとつしかない。1度の攻撃で放てるシュートは必ず1本だ。自分でオフェンス・リバウンドをぶんどってそのままアタックでもしてくれない限り、おれたちはチームでシュートの機会を分け合う必要がある。そしてその配分やタイミングを考えるのは主にポイントガードの仕事なのだ。
この攻撃でどのような動きを導き、どのようなシュートを放つか。おれは判断しなければならない。
制限時間は24秒だ。以前は30秒もらえていたのだが、スピーディな試合展開を心がけるということで、国際的に6秒の猶予をおれたち選手は奪い取られた。そして日本もそれに倣った。
正直言ってやれやれだ。おれは毎度の攻撃で、24秒以内に効率の良いシュートを作り上げなければならない。
24秒だ。24秒。とても短い。実際には、コートにボールを入れてもらってそれをつき、さあ攻撃するぞと敵陣に乗り込んだ時点でそのうち何秒かは過ぎているものだ。チームは現在リードしてはいるものの、その点差はたったの2点だ。しかも追い上げられてきた流れの中での僅かなリードで、ここでおれたちは是非とも得点しておく必要がある。
センターラインが近づいた辺りで顔なじみのディフェンスがおれに付いてくる。こいつは流石兄弟の兄者だ。何かを狙っているのが空気でわかる。
3
おれも兄者も県の代表として選ばれる程度の評価は得ているガードの選手だ。同じ学校になったことはないが、昨日今日の付き合いではなく、お互いの手の内は知り尽くしていると言ってもいいだろう。流石兄弟の弟の方、弟者もポジションは異なるが、同じような存在だ。
おれはこの攻撃で必ず点を取る。
あちらはそれを必ず防ごうとするだろう。
もちろんすべての攻撃の機会で得点を試みるわけだが、通常の攻撃で狙うのはより良いシュートだ。その成功失敗は狙ってどうなるものではなく、良いシュートを放ててそれが失敗するのを選手は恐れるべきではない。
しかし、この1回は、必ずおれは点を取る。これはそういった攻撃だ。
流石兄弟のいずれもがそれをわかっていることだろう。
バスケはオフェンス優位のスポーツだ。ディフェンスは失点を必ず防ぐというよりも、悪い判断、悪いシュートを誘い、その効率性を脅かすことに注力した方がトータルで良いディフェンスとなるものだ。
しかし、この1回の守備は、必ず失点を防ぐつもりでいるだろう。これはそういった守備だ。
おれはそれをよ~くわかっていた。
4
_
( ゚∀゚)「おっと」
おれに相対しているあちらのガードの不届き者が、手を伸ばしておれのボールに触れようとしてきたのだった。兄者にはこうしたちょっぴり軽率なところがある。
それを察した瞬間、考えるより先におれの右手は兄者の手が決して伸びてこないところにボールを上手に送り込み、自分の背中の方を通すようにしてドリブルを継続させていた。熟練の動きだ。見る必要もなくボールの軌道が認識され、おれの左手はフロアから跳ねたボールを滑らかに受け止める。シボと呼ばれるバスケットボール表面の起伏を手の平に感じる。
その動作の中で、おれの体はわずかに沈み、その不届き者の体はわずかにバランスを崩していた。
そこらへんのポイントガードが相手だったのならば、その程度のバランスの乱れは問題となっていなかったことだろう。ひょっとしたら自分でも気づいていないかもしれないくらいの小ささだ。
しかし、おれはそれを知っていた。
そして兄者に知らせてやったのだった。目線でだ。何もそいつを見たわけではない。おれが見たのはゴールリングだ。
ドリブルの中で重心を下げ、ゴールリングに目をやったのだ。
これも優れたボーラーの習慣として、兄者はおれのシュートを予感したことだろう。
3
もちろん兄者がちゃんとそう考えてくれるように、おれはしっかり種をまいている。試合の初めのあたりの深刻ではないシチュエーションで、おれは似たような位置から長いシュートを試みておき、ちゃんと成功させておいたのだ。少なくとも、こいつが低能でなければすぐに思い起こせる記憶のどこかにその場面が残っていてくれることだろう。そして兄者は優秀だ。
ほらきた。焦ったシュート・チェックだ。
自分でもわかっていないかもしれない程度のバランスの乱れの中で、兄者は必死におれのシュートを妨害しようと考えている。だから重心移動が雑になる。もっと冷静に、調和のとれた体勢からのチェックであれば、このようなすぐにニュートラルの状態に戻ることのできない体の伸ばし方はしていなかったことだろう。
_
( ゚∀゚)「気づいたか? おのれの今の、過ちに」
5、7、5のリズムでそのように考えたかどうかは知らないが、とにかくおれは手の平に感じているボールへの圧力をより強固なものにし、本来であればサイドステップで付いてこられたであろうディフェンスをぶち抜くべく、大きな一歩を踏み出したのだ。
スキール音。シューズがフロアをしっかりと噛み、思った通りの位置に推進力を持ったおれの体が運ばれる。兄者がそれを防ごうとする。
4
無理だ。意外か?
おれにはそれがわかっている。
いつもならばギリギリ体をねじ込み防げるおれのドライブを、今回お前が阻止することは決してできない。
これはシュートではない。成功するかどうかは確率の話ではなく、状況理解が正しくできているのかどうかだ。必ずおれは成功させられる。そのために種をまき、これまでこのゲームを進行させてきたのだ。
対峙している兄者の左足の外側におれの左足が並ぶ。兄者とおれの肩が同じライン上に並ぶ。これでファウルを犯さず兄者がおれを止めることは物理的に不可能となる。
強くコントロールされたボールは完全におれの支配下にある。これも修練の賜物だ。トップスピードを邪魔することなく、目視の必要もなくボールはおれの右手に収まる。顔を上げた視界にフロアの様子がよく見える。
スリーポイントラインに達しようとしているおれにヘルプが急行していないということは、兄者は転倒などせずおれを後ろから追ってきているのだろう。おれがプルアップ・ジャンパーを狙うようなら、それにいくらかのプレッシャーを与えられるような位置にはいるに違いない。
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まったくもって問題なかった。
もとよりここでプルアップ・スリーを狙おうなどとは思っていない。
流れの中で、一瞬のひらめきと予測、ある種の確信をもって「打てる」と思った時にはそんなシュートも辞さないが、どうやら今回はそうではないらしい。
目指すはゴール下の制限区域、いわゆるペイントエリアである。味方の配置、敵の位置、それらすべてをおれはドライブの最中で認識する。
音だ。いや、気配とでも言うべきものなのだろうか。少なくとも視覚情報だけとは思えない。五感のすべてを用いておれはコート上の状況のすべてを把握する。
意識がおれの体からあふれ出し、コートの隅々まで行きわたったような感覚だ。
たまらない感覚である。
わかる。
弟者が自分のマークマンへのケアも怠らず、しかしおれへのアプローチも何とか可能な、絶妙な位置にポジショニングしている。
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それがわかっていたおれは、まっすぐリムに向かったドライブの動作を継続させた。狙うのは当然、ゴール下から放つ、置いてくるようなイメージの優しいショットだ。放つという動詞が不適切なほど柔らかく放ってやりたいものだ。
馬鹿め。
と思うやつもいるだろう。
有能なビッグマンのヘルプが間に合う状況で、ゴール下まで行くことを嫌うガードの選手は少なくない。今ここでドライブを止めジャンプシュートに移行すれば、それか、ちょっぴり減速した状態でフローターと呼ばれるふんわりと投げるシュートを選択すれば、相手のブロックの危機にさらされることはないわけだ。
ブロック・ショットは往々にして相手を調子づけさせる。できれば回避したいというのが人情というものだ。
そんなことはわかっていたが、おれは構わず足を踏み込み、依然としてトップスピードにこの身を乗せた。
音が聞こえる。振動を感じる。
それはおれのシューズのゴム底とコートが摩擦し生じるものであり、おれが強くつくボールがコートへ跳ねる衝撃だ。体中のエネルギーが解放されるうねりのようなものも含まれているかもしれない。
そんなあらゆる情報の中で、おれは注意深く弟者の対応を観察していた。
7
弟者はとても優秀なビッグマンだ。身体能力に優れ、頭も良い。
おれはそれをわかっている。
そしてこいつも、おれがそれをわかっていることを知っている。
おれが状況判断に優れたガードで、どのような態勢からでもパスを出せ、シュートモーションに入った後でもボールをその手から離すまで行動が確定しないことを知っているのだ。
だからこいつはヘルプポジションに入っているが、大胆なアプローチをおれに対してすることはできない。こちらに寄りすぎてしまえば、途端にパスを通され、イージーなシュートを作り上げられることをわかっているからだ。
おれはそれもわかっている。
だからおれは迷いなく足を踏み込める。
もちろん弟者が今回賭けに出るというならば、それはそれでいいだろう。
準備はしている。誤った判断に対する代償を払わせる準備をだ。
来れないか。そうだろうな。
その判断は正しいだろうとおれは思う。ただ失点を防ぐことができないだけだ。
8
_
( ゚∀゚)「シャオラァッ!」
宙へ飛び立つ踏み込みの一歩におれは気合の叫びを自然に乗せた。あらん限りの力を乗せた跳躍だ。目標はリング。そしてその先だ。弟者がおれに合わせて飛んでいるのがわかる。
(´<_` )「むんッ」
恵まれた体躯の男が掛け声と共に凄い勢いで接近してくるわけだ。慣れてなければ逃げ出したくなるような重圧だろう。太い筋肉に包まれた長い腕が伸びている。
ただし、弟者はおれを正面には捉えられていなかった。
それはパスを警戒した適切なポジショニングを行っていたからだ。
適切だから守れないのだ。
バスケは攻撃側優位のスポーツだ。
ただでさえ優位な攻撃側の立場のおれの、シュートもパスも守ろうなどと考える方が間違っているのだ。
その間違いの代償を払わせなければならない。適切な判断が間違っていないとは限らないのだ。
慣性と重力に従って空中を泳ぐ体の中で、おれの右手がバスケットボールを愛しむようにコントロールしていた。
9
弟者はこのおれの動作をフェイントだろうと勘づくだろうか?
だろうな、とおれは思う。
弟者はそれをフェイントだと思うだろう。
実際これはフェイントだ。
もっともイージーなレイアップシュートの動きをおれは習慣的にフェイントに使った。
弟者はフェイントだろうと半ば確信しながら、しかし万一おれが裏を取り、かえって素直にバスケットを狙ってきた場合に備え、万分の一程度の注意はそちらに向けていることだろう。この可能性は排除できない。
どうでもよかった。
おれは利き手の右手でのレイアップシュートをフェイントに、空中でボールを左手に持ち替えた。熟達したボールタッチでコントロールしているからできる芸当だ。
弟者もそれはわかっていることだろう。しかしそれもどうでもいい。
なぜならこいつはおれを正面で捉えられておらず、飛び上がった後の空中では、おれもこいつも慣性に抗うことができないからだ。
おれが右手から左手にボールを持ち替えている間に、おれと弟者の三次元的な位置関係は、ブロック・ショットを試みるには厳しいものになっていた。
10
左手だ。
利き手ではないが問題ない。これまでに何千回では済まない繰り返し動作を経ている腕だ。指にボール表面の凹凸を感じる。手の平に転がすようにコントロールしてやる。
おれは左手を体幹から離し、自分の体のサイズと腕の長さ、弟者の体のサイズと腕の長さを完璧に把握した状態で、どうやったって弟者の伸ばした長い手が決して届かない軌道をボールが通っていくように、丁寧にボールを宙へと放ってやった。
ボールに最後まで力を伝えていた指が離れ、体の一部が離れていくようにして茶色の球体は放物運動を開始した。
その離れ際の指に残った感触よ。おれはこのシュートの成功を見る必要もなく知ることができる。
たまらない感覚だ。
着地。そのままジョグで自陣へと戻る 。背中に歓声が聞こえる。チームメイトの祝福が届く。
必ず成功させなければならないシュートをおれは成功させた。
必ず失敗させなければならなかったシュートを成功されてしまった流石兄弟に、試合時間がいくら残っていようとも、このコート上の将軍が負ける筈がないのだった。
11
○○○
バスケを始めたのは親父の影響だった。
おれが生まれ育った家は田舎の古い一軒家で、しかし広い庭が付いていた。そこにバスケットボールコートがあったのだ。
ゴムチップをぎうぎうに敷き詰め適正な弾力を持たせた立派なコートだ。流石にフルではなくハーフコートサイズだったが、メンテナンスだけでもそれなりの額がかかる設備だったのだろうと今ではわかる。
どうしてそんな金のかかる設備を庭に投じておいて肝心の家屋がボロかったのかは知らないが、おそらくその方が息子の教育に良いとか何とか考えたのだろう。単に『トトロ』が好きだっただけという可能性もある。
何にせよ、そんな環境でおれは育った。
そして物心がつく頃にはまんまとバスケに熱中していた。
何しろおれが上手にボールを扱うと親が喜んでくれたのだ。朝早く仕事に向かい、夜遅くまで帰ってこない親父は休日はほとんどごろごろと寝ていて、遊んでくれるとなると、やることは決まって庭でのバスケだった。
母さんも部活バスケの経験者であるらしく、おれたち家族の団らんの風景は、主に居間ではなく庭にあった。
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小学生になったおれは街の方にあるミニバスのチームに入った。
田舎だとばかり思っていたのだが、おれの住んでいるボロい一軒家が位置しているのは、実はVIP市の中心街から車で15分ほどのところだったのだ。
車で15分、バスだと20~30分ほどの距離だ。そこまで田舎ではないと言ってもおかしくはないだろう?
しかし子供にとってはこれは大変な距離だった。だからおれは自分は田舎のボロい家に住んでいる、どちらかというと貧乏な家庭の子供なのだろうと勝手に思っていた。仕方のないことである。
そして、これにはもうひとつ理由があって、おれは体が小さかった。
おれの誕生日は4月1日だ。当時はそんなこと気にもしなかったが、この日本の学校制度において、実はこの誕生日はその学年に入ることのできる最後の日なのである。おれの翌日、4月2日生まれであれば、ひとつ下の学年になる。
つまり、おれは同級生の中で、絶対的に年下だった。
少なくとも半年か、下手したら1年近く年下だった。
今ではそこまで深刻な差ではないと思えるけれど、小学校低学年にとっての半年や1年は大きい。
年齢からするとせいぜい平均くらいのおれの体躯は、ミニバスの同級生と比べてずいぶんと小さかった。
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体が小さいとはいえ、こちとらバスケットボールコートのある家に育ち、日常的にボールを触って遊んできたのだ。はっきり言って、そこらへんのただでかいだけの同級生に、バスケで後れを取るとはさらさら思っていなかった。
さらさら思っていなかったおれに衝撃を与えたのは、決定的なフィジカルの差はテクニックを凌駕するという、アスリート界隈にとっては当然の、単なる残酷な現実だった。
多少ボールを器用に扱えたところで、無理やり割って入ってくる長い手からボールを守ることは難しかった。フリーになってシュートを打とうとしても、絶対に届かない筈のところからやつらのチェックは届いた。力任せの下手くそなドライブを小さな体で止めることは不可能だった。
いつもこいつらより体の大きな親父や母さんとバスケをしているのになんで、とおれは疑問に思ったものだったが、その疑問はすぐに解けた。大人は子供に全力で立ちはだかることをしないのだ。
ただそれだけのことだ。
ただそれだけのことなのに、おれにはそれが、なんだかとてもショックだったことを覚えている。
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生まれた時からバスケットボールが身近にある環境で育って、今でもおれはバスケを続けているわけだけれど、決してその道のりは平坦だったわけではない。こうして自分の歴史を眺めた時に、あのタイミングでバスケを辞めていてもおかしくなかったなと思える瞬間はいくつもある。
辞めててもおかしくなかった最初のタイミングが、思えばこのミニバス入りたての頃だったのだろう。おれは確かに辞めかけていた。
辞めるに至らなかった理由はいくつかあるけれど、特に印象的だったのは母さんの反応だった。
ミニバスに入りたての小学1年生をひとりでバスに乗せることはせず、母さんはおれを送迎してくれていたのだった。その帰り道でのやり取りだ。
从'ー'从「やっほ~ジョルジュ、楽しかった?」
_
( ゚∀゚)「――」
从'ー'从「どうしたよ? めちゃ疲れたのかい」
片手でハンドル操作をしながら助手席に乗るおれの頭を撫でる母さんの手は優しかった。いつもなら即答で返ってくる肯定の反応が送られず、母さんなりに何か思うところがあったのかもしれない。
いくつかの赤信号で車が停まるたびにこちらの様子を伺ってきたが、母さんはおれの方から何かを言うまで辛抱強く待ってくれた。
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何をきっかけにしたのかは覚えてないが、やがておれは口を開いた。
_
( ∀ )「楽しくは――ないよ」
試合形式のミニゲームでボロカスにやられるおれは、いつしかゲーム外の純粋なスキルトレーニングでも委縮してしまうようになっていた。その日は特に調子が悪くて、ドリブルをしてはボールが手につかないし、シュートを放ってはボールをリングに当てることを繰り返していた。
まったくもって楽しくなかった。母さんが送迎してくれているのでなければサボりがちになっていても不思議なかったことだろう。
この時期の母さんは家の近くの薬局で働いていて、わざわざ仕事から抜け出しておれをミニバスに送ってくれていた。そんな負担の上に成り立っている習い事に対しておれが自分からネガティブなことを言うのはそれなりに難しいことだった。
怒られるかな、と思っていたおれは母さんの顔を見れなかった。するとまっすぐ前を向いていたおれの頭が再び優しく撫でられた。
从'ー'从「そっかぁ」
母さんはそれだけ言うと、どういうわけだかちょっぴり楽しそうな様子で、おれを助手席に乗せた車を加速させたのだった。
_
( ゚∀゚)「? 母さん、道違うくない?」
从'ー'从「まぁまぁ、ちょっと買い食いしてこうや」
母さんはニヤリと笑ってそう言った。
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行きついた先はファミレスだった。
当時、おれの家はめったに外食をすることがなく、珍しい外食の機会にもファストフードやファミレスに行くことは基本的になかった。
それはおそらく偏見もふんだんに取り入れられた栄養面での親の考えがあってのことだったのだろうが、子供のおれにとっては単に、クラスの皆は食べたことがあるメニューをおれは知らないという状況を作り出すだけのことになっていた。
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( ゚∀゚)「――いいの?」
だからおれはそう訊いた。おそらくその目はキラキラと光っていたに違いない。
从'ー'从「いいよ~ でもね、今日は特別だからね、お父さんには内緒だよ」
どうして特別なのかはわかっていたが、どうしていつもは行けないファミレスに特別に行けることになるのか、おれにはまったくわからなかった。
だけどとにかく憧れのファミレスに入ることができたのと、何でも頼んで良いと言われてメニューの中からソーセージとフライドポテトの盛り合わせを選んだところ、もっとご飯らしいものにしろと言われて最終的にハンバーグセットを注文したこと、そして母さんが結局その盛り合わせを頼んでおれもご相伴に預かることができたことに加えてその母さんがとても面白そうにしているので、おれもなんだか楽しい気分になっていた。
その日ファミレスで食べたハンバーグセットは至福の味わいをしていた。
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おれがハンバーグセットを胃袋に収め、母さんから分けてもらったフライドポテトをかじっている間も、母さんはバスケに関する話題には触れてこなかった。母さんはその代わりに瓶ビールを注文し、小さなコップに自分で黄色いしゅわしゅわとした液体を注ぎ、美味しそうにその手を傾けた。
_
( ゚∀゚)「母さんさ、お酒飲んだら帰れなくなるんじゃねーの?」
そんな当然の疑問を口にしたおれを見、母さんはやはり面白そうに肩をすくめた。
从'ー'从「ここは家から近いからね。車は置いて歩いて帰ろう」
_
( ゚∀゚)「なんだよそれ、怒られねーのか?」
从'ー'从「怒られたら謝ろう。一緒に謝ってくれる?」
_
( ゚∀゚)「仕方ねーなぁ! でも何て言って謝るんだよ」
从'ー'从「ごめんなさい、ってさ。ほら言ってごらん」
_
( ゚∀゚)「ごめんなさい」
从'ー'从「どうしてもお酒が飲みたくってごめんなさい、ってさ。ほら」
_
( ゚∀゚)「それはおれの台詞じゃねーなあ!」
从'ー'从「あはは」
面白いね、と母さんは楽しそうに言った。
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本当に歩いて帰ることになったおれたちは、それぞれレジ横の冷凍庫から棒のアイスを1本ずつ選んで購入し、夜の田舎道を並んで歩いた。
アイスは冷たく旨かった。
瓶2本分のビールを小さな体のどこかに吸収させた母さんは、鼻歌でも歌いそうなリズムで右足と左足を交互に前に出していた。
おれも同じ歩幅の同じリズムで足を進める。
右足。左足。右足。左足。おれたちの歩みは進む。
从'ー'从「どうだい、ジョルジュも楽しくなったかい?」
棒だけになった棒のアイスを指揮棒のように振り、母さんはおれにそう訊いた。おれは笑って頷いた。
_
( ゚∀゚)「楽しいよ」
从'ー'从「そうか~ おいしいご飯を食べてお酒を飲んで、アイスを食べながら歩いているのに不幸せでいるのは難しいもんね」
_
( ゚∀゚)「おれはお酒は飲んでねえけど」
从'ー'从「ふふ。あんたにゃ10年早い」
_
( ゚∀゚)「10年後もおれは未成年だけどな」
19
田舎道の空は巨大な1枚の海苔のように真っ黒で、しかしコンパスで小さく穴を空けたような輝きがそこら中に漂っていた。
右足。左足。おれは交互に足を出す。
空に向けていた視線を前方へと戻したおれは、大きくひとつ息を吐いていた。
_
( ゚∀゚)「ミニバスさ、最近楽しくねーんだよな」
石ころを投げるように口に出す。不思議と重たい気持ちになっていないことにおれは気づいた。
夜道の暗さで母さんの表情はよく見えなかったが、声色からどうやら面白がっていることがおれにはわかった。
从'ー'从「ほうほう、なぜだい?」
_
( ゚∀゚)「だってあいつらズルいんだもん」
从'ー'从「ズルい。・・それは、何が?」
_
( ゚∀゚)「おれがボールをドリブルしてても無理やり手を差し込んでくるし、ドライブは強引だし・・へたくそなくせにさ!」
从'ー'从「なるほどね~ それはズルいね!」
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わかるわかる、と母さんは腕組みをして、大きな動作で頷いた。
从'ー'从「ちょっと体が大きいからってさ、へたくそなくせに、ルールの範囲内で私らの邪魔をするなんて許されないよね! 私もミニサイズ・プレイヤーだったから、ジョルジュのその気持ちはよ~くわかるよ」
_
( ゚∀゚)「――ッ」
てっきり否定されると思っていた自分の意見を過剰に肯定され、おれはかえって居心地が悪くなる。
不思議な感覚だ。不思議だが、おれにはその理由がわかっていた。
自分の主張が理不尽なものであると、おれにはわかっていたからだった。
_
( ∀ )「――」
黙ってアイスの棒を口に運ぶおれを、母さんは笑い飛ばした。
从'ー'从「うふふ、いいねぇ。生きてる、って感じがするね!」
なに言ってんだこいつは、とおれは思った。
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从'ー'从「ねえジョルジュ、ひとが何かを好きとか嫌いとか思う時、そこに理由ってあると思う?」
_
( ゚∀゚)「――理由?」
从'ー'从「そうそう。どうしてこれが好きなのかとか、どうしてこれが嫌いなのかとかさ」
_
( ゚∀゚)「どうかな。そりゃあ、あるんじゃねーの?」
从'ー'从「まじで? それじゃあちょっと、私のことを好きな理由を挙げてみてよ」
_
( ゚∀゚)「母さんを!?」
驚いたおれは考えてみたところでとても困った。理由が思い当たらないからだ。
ないわけではない。母さんは基本的に優しいし、ミニバスへの送迎もしてくれる。「ちょっとかじっていたくらい」と言いつつ親父よりもはるかにバスケットボール・スキルが高いことも既におれにはわかっていたし、息子の立場から言うのも気持ちが悪いが、母さんは可愛い顔立ちをしている。親父に黙ってファミレスに連れて来てくれるのも最高だ。
しかし、この内のどの理由をとっても、だからといっておれが母さんに抱いているこの感情を成立させるに十分なものとは思えなかった。
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从'ー'从「どうだい、難しいだろう?」
実は好きじゃないというならヘコむけど、と笑って母さんは言葉を続けた。
从'ー'从「お母さんの考えを言うとね、理由はある場合とない場合があるんだと思う」
_
( ゚∀゚)「なんだよそれ、全部じゃねーか」
从'ー'从「そうだね。でもさ、それを知ってることって結構大事だと思うんだよね。好きとか嫌いとか思う時に、いったん分析をしておくと、自分のことがよくわかるからさ」
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( ゚∀゚)「――」
从'ー'从「うひひ、語ってしまった。ちょっぴり急いで帰ろうか」
少し恥ずかしそうな素振りで母さんはそう言うと、肩をすくめて小さく笑った。おれは母さんの言っていることが正直あまりよくわからなかったが、頷いて速めに歩くことにした。おそらく小学1年生のおれと並んで歩くために母さんはゆっくり歩いていた筈なのだ。
大きな月が見えていた。三日月と上弦の月の中間のような、暗黒の海苔に指を突っ込んで作ったような不格好な月だったが、おれには強く光って見えた。
从'ー'从「一応、ここだけちゃんと確認しときたいんだけど、バスケ辞めたい?」
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( ゚∀゚)「いいや、辞めたいわけじゃない。・・と、思う」
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从'ー'从「・・辞めたくなったら自分から言える?」
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( ゚∀゚)「言える。――その時は、自分から言うよ」
从'ー'从「それならいいや。ジョルジュの好きなように頑張りなさい」
やはり笑ってそう言う母さんに、おれはしっかりと頷いた。
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( ゚∀゚)「そうする。ところで、お母さんはどうやってあいつらと戦ったの?」
从'ー'从「ふふ。あいつら?」
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( ゚∀゚)「体の大きなへたくそたちだよ」
从'ー'从「そうねえ。ま、ジョルジュが参考にするかどうかは別にして、私のやり方を教えようかな」
母さんはそう言うと、ひときわ楽しそうにニヤリと笑った。大人の笑い方だ、とおれは思った。
从'ー'从「私はねぇ、実は、ルールを破るの自体は嫌いなんだよね。ただね、ルールの範囲内なら何でもやっていいと思う。それがズルいと言われることでも」
そのためにルールというものがあるわけだからね、と母さんは言った。
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从'ー'从「私やジョルジュの小さい体は、ある局面では武器になる」
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( ゚∀゚)「――ぶき?」
从'ー'从「具体的には、体が小さいと、ファウルを取ってもらいやすい。他にももちろんあるけどね」
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( ゚∀゚)「――」
从'ー'从「・・ジョルジュ、バスケの中で、もっとも得点率の高いシュートは何か知っている?」
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( ゚∀゚)「ゴール下だろ。レイアップ。ノーマークでの速攻とかさ」
从'ー'从「ちがうね」
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( ゚∀゚)「――」
从'ー'从「フリースローだよ、フリースロー。特に私たちのような小さなプレイヤーは、ノーマークだと思っていても意外と手が伸びてきたりするんだからさ」
フリースローはバスケにおけるシュートの中で唯一、確実にノーマークで、しかも決まった距離から放てるものだ。レイアップだろうとダンクだろうと、妨害される可能性はゼロではないし、自分がそれを試みる位置もその都度異なる。
从'ー'从「さらに許されるファウルの数は限られているから、ファウルをもぎ取ってのフリースローには数字以上の価値がある。これを狙わない手はないね」
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( ゚∀゚)「――」
おれはすぐに反応ができなかった。
母さんが言っていることの正しさは、小学1年生の当時のおれの頭でも十分に理解できるものだった。
ただし、理解できるかどうかと、納得できるかどうかは別の話だ。
故意にファウルを取りにいく。
それは明らかに、あまりに卑怯な行為なのではないかとおれは思う。
無言で見つめるおれの頭を母さんは優しく撫でる。おれはその手を振り払うことはせず、黙って右足と左足を交互に前に出した。母さんと同じ速度だ。
从'ー'从「このプレイスタイルはズルいと思うかね」
_
( ゚∀゚)「――思うね」
从'ー'从「あはは。そうだね、ズルいわ。なるべくやるべきじゃあないね」
母さんは明るく笑ってそう言った。そして付け足す。
从'ー'从「ただしね、やつらが舐めたプレイをしてくるというなら、これは代償を払わせないといけないよ」
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代償を払わせる。
母さんはこの表現がお気に入りであるらしく、時折バスケの話をすると、決まってその口からこの言葉が出たものだった。
訊いて確認したわけではないが、どうやら母さんはそれなりのキャリアを積んだバスケットボールプレイヤーで、親父はそうではなかったらしい。下手の横好きというほどの情熱を持っていたわけでもなかったのだろうと今ではわかる。
おそらく大学時代にサークルでやっていたくらいのプレイヤーだ。ボーラーと呼ぶのも不適切なのかもしれない。
そんな親父が庭にコートを敷いていたのは、単に家族共通の趣味としてだったのかもしれないが、かつて青春の時間をバスケに捧げた母さんや、その助言を得て自分なりのプレイスタイルを確立させてきた俺との間に溝のようなものが生まれるのは時間の問題というものだった。
それまで庭にあったおれたち家族の団らんは、いつしか庭ではなく居間に引き上げられようとしていた。
ただひとつ問題だったのは、その居間には誰もいないということだった。
家族の団らんではなくボーラーたちの勝負の場となったバスケットボールコートにいつまでも居続けたおれたちは、その代償を払わなければならなかったわけである。
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○○○
ひどい息子と言われたら言い返しようがないのだが、まったくといっていいほど生活リズムが合わなくなり、下手したら1週間単位で親父と会話をする機会がなくなっても、おれはどうとも思っていなかった。
おれはバスケに忙しかったし、親父は仕事に忙しかったのだ。少なくともおれはそう思っていた。
親父に泊まりの仕事が増え、家でその姿を見ることが少なくなってもさほど気に留めなかったし、かつては出しっぱなしになっていた庭のコートで履く用の親父のバッシュが下駄箱の奥へ片付けられても、おれはそれに気づかなかった。
唯一おれが異変に気づいたのは、それからしばらく経った頃のことだった。おれはミニバスにおける最高学年、小学6年生になっていた。
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( ゚∀゚)「あれ、そういや、父さんって今どっか行ってんだっけ?」
その時、おれは母さんにそう訊いた。母さんは何故かニヤリと笑って言った。
从'ー'从「お、気づいたか」
どうしてわかった? と母さんはおれに訊いてきた。
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( ゚∀゚)「どうしてっ、て――」
それは流しに食器が溜まっていたからだった。
どう考えても丸一日分以上の洗い物が流しに放置されていた。おれはバスケに忙しく、親父も母さんも仕事に忙しいからだ。往々にしてよくあることだ。
ただおれがその時気になったのは、丸一日分以上溜まっていた洗い物の中に、親父の使う食器がひとつも見当たらないことだった。
その旨をおれが説明すると、母さんは大きく頷いた。
从'ー'从「こういうふとした鋭い気づきって、女の子特有のものだと思ってたんだけど、違うのね~」
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( ゚∀゚)「鋭い気づき?」
从'ー'从「そうそう、鋭い。びっくりしたわ」
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( ゚∀゚)「鋭いって、何が――」
なんとなく不穏なものを感じるおれに、母さんはなんでもないことのようにして言った。
从'ー'从「いやぁ、実は本日、私たちのお父さんがいなくなりました」
まいったね、と母さんはほんわかとした口調で続けた。
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その時のおれのリアクションがどのようなものだったのか、はっきりとは覚えていないが、はっきりと覚えられないようなものだったということだろう。
おそらくは気の抜けたような声を発していた筈だ。
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( ゚∀゚)「――いなく、なった?」
从'ー'从「そうそう。いやぁ、面目ない」
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( ゚∀゚)「そりゃまたなんで?」
从'ー'从「私も実はよくわからないんだけど、詳しく知りたい? 知りたいんだったら、父親の義務としてジョルジュへ自分できちんと説明しなさいと言っとくことはできるけど」
まあシカトされたらそれまでだけど、と母さんは頭を掻いて肩をすくめた。
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( ゚∀゚)「――母さんも、知らないんだ?」
从'ー'从「ちゃんとはね。簡単に言うと、寂しかったってことなのかしらね」
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( ゚∀゚)「寂しかった――」
寂しくて自分の家から出ていくとは、動機と行動があまりにちぐはぐなのでは、とおれは思ったものだった。
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当時のおれにはよくわからなかったが、今ならなんとなく想像はできる。
おそらく親父は家の外に女でも作っていたのだろう。
親父が再び家に帰ってくるのであればこの推測の答え合わせをしてもいいのだが、高校2年生となった今のところもそんな気配は感じられないし、母さんも飄々としていたし、何よりおれにはその日もミニバスの予定が入っていたので、おれは家から出なければならなかった。
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( ゚∀゚)「ええと、よくわからないけど、そうだな、・・おれたちはこれからどうなるの?」
時計に目をやり出発時間を頭に浮かべながらもおれはそう訊いていた。生活が一変するというならミニバスにも行ってられないからだ。おれはこの時期には既にバスに乗ってひとりでミニバスに通っていた。
从'ー'从「う~ん、こういうのって私も初めてだから、よくわかんないというのが正直なとこだけど、あまり劇的には変わらないかもね」
やはりそれほど大したことのなさそうな口調で母さんは言った。1年ほど前に家の近所の薬局から街の方の病院へと勤め先を変えた時と同じくらいの温度の語り口だった。
おれはその母さんの転職をきっかけとしてバス通を始めた。それは毎回母さんにミニバスまで送迎されていた毎日と比べると、おれにとってはなかなかに劇的な変化だった。
从'ー'从「目安としては、ジョルジュがバス通始めた時に比べると、なんでもないくらいの変化じゃないかな」
同じことを思い浮かべていたのかもしれない母さんはそう言った。
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実際のところ、本当に大した変化は訪れなかった。
ひょっとしたら母さんの旧姓である渡辺におれの苗字も変わるのではと思っていたが、結局そうはならなかったし、バスケを中心に回っているおれの生活にさしたる変化は訪れなかった。
小学生の生活の中で親父の事情をわざわざ話す機会などそうそうない。
おれにとっては最後に交わした言葉が何だったか思い出せない親父のことよりも、今目の前にあるバスケットボールをどのように扱うかの方がずっと大事なことだった。簡単にファウルを引き出せるような舐めたプレイもされがちで、あやうくバスケが嫌になって辞めかけていたのも今は昔、最高学年のおれはチームで2番手のプレイヤーだと皆から認識されるようになっていた。
そのエースプレイヤーはおれと同学年で、ずっとミニバスで一緒だった。誕生日は忘れもしない4月11日で、おれとは10日間だけ異なっている。
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( ゚∀゚)「おれたち誕生日近いんだな! おれの10日後にお前の誕生日になるわけだ」
その誕生日を知った日におれがそう言うと、そいつはおれの意見を笑い飛ばして言った。
ξ゚⊿゚)ξ「あら、それは違うでしょ。だって、あんたの10日後にあたしが生まれたんじゃなくて、あたしの生まれた355日後にあんたが生まれたわけじゃない」
あくまで自分の誕生日が先なのだと主張するその女子は、ツンという名前だった。
つづく