上手な人と下手な人の話

 このリハビリは意外なほどに効果があって、とても久しぶりに書き溜めていたあのコたちを読み返しました。

 私がいつか書き上げたいと思っている作品たちは、乱暴なジャンル分けをするとサッカーとミステリと恋愛があって、それぞれ約40レス、150レス、20レスほど書き溜まったところで放置されておりました。それぞれにそれぞれの書き進まない理由があるのだけれど、やはり読んでみると私には面白く、なんとか形にしたいと思う次第。

 おそらく一番書き出したらスピードが出るのは恋愛ものなのですが、これは主人公がなんというか私すぎるというのが書き進まない理由であって、およそあらゆる物語のあらゆる登場人物は大なり小なり自己を投影した部分があるものだと思うですが、この主人公は私度が高すぎる。これを肯定すればなんだか自己肯定のためにこしらえた物語のようになって気持ち悪いし、否定したところで自己否定の先には何もない、と、そういう按配になっているわけです。これはとても難しいところであって、あまりに自分のリアルと同じような境遇にいる人物を物語に用いることは好ましくないのではないかと思います。たぶん結論としては書き手次第だよというところに落ち着くのではないかとも思うのだけれど。

 

 そんなことはどうでも良くて、今回書きたいのは上手と下手はどこで分かれるのかという話。

 これはブーン系作者として、ということでは全然なくて、実生活での話です。もっと具体的にいうと、理系の大学に進学し、研究室にて今日も今日とて実験に明け暮れるような日々を過ごす人たちの話です。とはいえ一般論的なところに結び付けられそうな気もするのでそんな世界とは縁のないところに生活する人もへえそうなんだと読めばよかろうと思います。

 

 毎日それなりに実験をこなし、自分の研究に対する理解度や手腕もそれなりのものになったところで歴然とした違いが存在することに気づきます。すなわちそれは上手な人と下手な人がいるということです。

 不幸なことに私はおそらく下手な部類に入るのですが、上手な人たちははっきりとそこにいます。私と同じような時間、少なくとも2倍3倍とは言えないであろう時間しか費やしていないにも関わらず、私よりも成果をあげる人たちです。人たちというと複数形で何人もいるように感じられますが、私がとても考えるのはひとりの男のことについてです。

 彼は私の上司に当たる存在です。私は単なる学生であるため、社会人的なものに思える上司という表現がふさわしいのかどうかはわかりませんが、とにかく彼は私の上司です。彼の下には私のみがいるわけではなく、他に2・3グループの長として働いています。

 そんな末端のひとつである私なのですが、私が真面目ぶって考えられる限り最大限の密度で実験をこなしたところで、枝葉のひとつにすぎない私の分野においても私がそこにつきっきりで挙げた成果よりも大きなものを彼は得ます。

 当然彼は私の分野にばかり構ってくれているわけではなく、同時並行で他のグループのテーマにも手を出し、おそらく行く先々で多大な成果を挙げています。

 なぜそのようなことができるのか。

 私がまだ知識も技術もないペーペーだったころにはそれが当たり前のことであると思っていました。彼には私に想像もできないような知識や経験があり、だから私が足元にも及ばないのはまったくの当然であると。

 しかしそれが今日に及び、私にもそれなりの知識と経験が伴ってくるにつれ、ますます彼のことがわからなくなってきました。なぜそのようなことができるのか。いったいこれは人間に可能なのか、と。

 そして私なりに得た結論がこれです。すなわち、彼は上手で私は下手なのだろう、ということです。

 それでは上手と下手を分けるところは何なのか。

 上手な人と下手な人を比べると、上手な人は効率よくミスなく行動することができ、素早く正確に働いているということがわかります。当然なように思えますが、これが真理であると思うのです。速く正確に働くことができるから、同じ時間をかけたとしてもその仕事量には違いが生じてくるのであると。

 すると今度は上手になるにはどうすればよいのだという話になります。誰でも下手であるよりは上手になりたいに決まっています。それに対する私なりの答えは、丁寧に仕事をすることに尽きるのではないのだろうかというものです。

 仕事量を増やすためには速く動く必要があります。しかし、私たちは自分の許容量を超えたスピードで働くと途端にミスが多くなります。そして生産性が落ちるわけです。これを回避するにはゆっくりと動くか、あるいは自分の許容量を増やすことが必要となります。おそらく私たちは後者を望み、そのためにはどうすれば良いかと考えることが必要となります。

 では自分の許容量を増やすためにはどうすればよいのか。これは私にはわかりません。無理やり何かを言うなら経験を積むしかないというところになると思うのですが、経験を積んだところで下手な人はいつまで経ってもへたくそです。

 そこで私が良いと思うのはゆっくり動く方になります。つまり、速く動こうとするのではなく、ゆっくりでも良いから丁寧にミスなく動こうとするわけです。

 とはいえ私たちはどんなに注意したところでミスはしますから、それになるべく早く気づけるように心がける。これを意識することによっていずれは無意識にミスを発見できるようになり、結果としてミスが減ったように見えてくるのだと思います。

 こうして丁寧に行う経験を積めば、自ずと無駄が省かれます。するとスピードが増していることに気づき、これが許容量が増えた状態なのかと感心することになるでしょう。つまり、スピードを上げるには、急ぐのではなく丁寧な仕事を心がけた上で経験を積むのが良いのではないかと思うのです。

 これが私の結論であり、上手な人と下手な人を分けるところなのではないかと思います。そして私はこのことを心がけ、可能な限り急がず丁寧に仕事をしていきたいと思ってはいるのですが、なかなか思った通りに体が動いてくれないというのがまた上手な人と下手な人とを分けるところなのではないかと思います。面倒くささに打ち勝つにはどうすればいいのか、というのがとても大きなテーマです。