かわいい後輩

 

 ちょっぴり前の話です。

 

 

 大学時代の後輩にとてもイイヤツとイイコがおりまして、男の方は爽やかなスポーツマンでちょっぴりシャイな真面目野郎、女の方は見目麗しく社交性豊かで、そのくせちょっぴり抜けたところもあるという、誰からも愛されるであろうような存在でした。おれが詩人だったら彼と彼女を月と太陽に見立てて何かを詠っていたことでしょう。マジ詩人じゃなくてよかった。黒歴史回避。

 それでまあどちらも研究室の後輩で、おれとは研究グループの異なる、いわゆる直属の後輩ではなかったのですが、なにぶん男の方は体育会系で育った有能マンなのでおれにも慕っているような素振りを見せてくれることだし、女の方とはサークルでの交流もあったり頻繁に飲む面子のひとりであったりということで、ご多分に漏れずおれも彼らを可愛がっていたわけです。

 彼ら同士は同じ研究グループの同期であり、この月のようなシャイボーイと太陽のようなかわいいあの娘がどのようにしてその関係性を深めていったのか、ちゃんとリサーチをしたら高品質な恋愛モノができそうなものですが、それはまた別の話なのでまた別の機会に話すことにいたしましょう。

 なんにせよ、引き伸ばしをしない正しい恋愛漫画の筋書きのように無事付き合い始めていた彼らですが、それがこのたび結婚することになったようです。女の子の方からその連絡が来ておれはそれを知りました。

 なんともめでたいことですね。しかしおれと研究室で触れ合っていたのは昔のこと、ここ1年以上連絡を取ったことはありません。

「実はですね、樹海さんから借りっぱなしになってる本がありまして」と彼女は言います。

 なるほどそんなこともあったかもしれません。当時宅飲みをする場合は大抵おれの家が会場になっており、おれの家には知らない間にすぐ中身が増える本棚(金食い虫)がありましたので、あらかた飲み食いした後はそれぞれ思い思いの漫画や本を勝手に読むというのは一種の恒例でした。

 そんな中に彼女もいたのでしょう。興味を持った本があれば積極的に貸し出し、あわよくば布教の一助としたいようなところがおれにはありました。

「ああそうなんだ。読み終わっていらなくなったなら捨ててもいいけど」

 というのが本音ですが、おれにも人の心がありますので、実際にそう返信することはしませんでした。ただでさえ本というのはなんだか燃えるゴミにしづらいものです。いくらか世話になった先輩からの借り物であるというならなおさらでしょう。

「返したい」と言うものですから、受け取ることにしたのです。

 正直なところ、おれは現在ほぼ完全に電子書籍方面に移行しており、その際また読み返したくなった小説たちは都度再購入しています。だからその1冊が返ってきても返ってこなくても何も変わりはありません。

 ただ、その子が当時おれから何を借りたのか、それはちょっぴり気になっていました。いくつか候補を頭に浮かべましたが、いずれもおれの今の本棚に収められています。

 しかし、確かに引っ越しのドサクサに紛れて失われた本や、捨ててはいないだろうけれどもこの家のどこに収納されているのかまったくわからない本は多々あります。何も変わらないと言いながら、それなりに楽しみにしてその本をおれは待ちました。

 そしてそれから何日か経ち、宅急便が届く日になったのです。

 気の利くあの子らしく、クッキーの入った小箱と、結婚やそれまでのお礼を告げるメッセージカードと共に、この配送で借りものが傷まないようにということか、エアキャップ・シートに包まれた本が入っています。

 まだタイトルはわかりませんが、サイズからしてそれが文庫本であることはわかりました。シート越しになんとなくの表紙の雰囲気が見て取れます。

「う~ん、これは何だろうな?」

 雰囲気でわかるほど特徴的なデザインではなかったので、おれは続いてシートの処理に取りかかります。セロハンテープを剥がし、シートの端を指に掴みます。「あ~れ~」と着物を脱がされる舞子さんのように本を回転させてシートを取り去ると、その表紙には意外なタイトルが載っていました。

「何これ!?」

 おれは驚きに声を上げました。

 何故なら、それはおれの知らない本だったからです。

 おれの知らない筆者の書いた、おれの知らない題名の本です。これはマジで驚愕でした。いったいどうしてこんなことになるのでしょう。

 そしておれは思い出したのです。この子は確かに可愛く気が利き、とても良い子なのですが、そのくせちょっぴり抜けたところがあるのです。

 おそらく“本を借りる=おれから”という思い込みが頭にあり、完全に悪気なくおれに知らない本を送りつけてきたのでしょう。

 そう合点がいくと同時に、おれはあることに気がつきました。

 それじゃあこの本はいったい誰のものなのでしょう?

 知らない人が書いた知らない小説、しかも元々誰が買ったものなのかもわからない。

 これはなかなかに気持ちが悪い代物です。

「これがお前らへの結婚祝いだよ!」

 そう言って送りつけてやったらどんな顔をすることだろうと思いましたが、郵送ではリアクションを知る由がないため、おれはやめておくことにしました。

 結局、この本をいったいどう処理したものか、いまだに保留になっています。すべて新型コロナウィルスが悪いということにしておきましょう。あとは大体アメリカが悪い。