('A`)の話のようです1-2.曇り空

('A`)の話のようです【まとめはこちら】

1-2.曇り空
 

 

1
 
 実力テストを終えた僕は、寄り道などせずまっすぐに帰宅した。
 
('A`)「ただいま~っと」
 
 玄関を開けながら発する帰宅宣言に反応する者はいない。共働きの家だからだ。看護師の母はもちろん平日は仕事だし、大学教授の父は休みでもおかしくなさそうなものだと思っていたけれど、どうやら9月いっぱいが休みであるのは学生側のスケジュールであって、教員はそうではないらしい。
 
 少なくとも父さんは本日も真面目に登校している。
 
('A`)(出勤と言った方がいいのかな? 父親が登校するってなんだか面白おかしい響きをしちゃうな)
 
 そんなことを考えながら、僕は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いでぐびりと飲んだ。ちらりと流しに目を向けると朝食の使用済み食器が溜まっている。中途半端に残った容器の中の麦茶をすべてコップにあけ、使用限界近くまで酷使された麦茶パックを取り出してゴミ箱に捨てた。
 
 乾燥の済んだ食器を棚に片付け、シンクの洗い物をざぶざぶと洗う。食器洗い乾燥機は便利なものだが、こちらが期待する成果をあげてもらうにはあちらが期待する前処理を適切に行う必要があることを僕は経験上知っている。
 
 それが僕の家庭における仕事だからだ。
 
 
2
 
 ことさら仕事というと大げさに聞こえるかもしれないが、要は僕の家では労働をせずにもらえる小遣いは基本的にないというだけのことである。もちろん通常の生活を送るのに必要なものは買ってもらえるし、それが厳しいわけでもないのだが、若者には理由なしに行うお買い物も必要なのだ。暑い日にアイスを1本買うのにわざわざ許可申請をしたい者はいないだろう。
 
 姉のクーもこの制度に不満はないようだった。むしろわかりやすい考え方だと迎合していた様子であり、僕はその時姉と父との間に存在する血の繋がりを強く意識した。
 
 そんなわけで、僕たちは彼女が大学に進学し、ひとり暮らしをはじめるまでの間、分担してほとんどすべての家事を行っていた。
 
(,,゚Д゚)「さてと、クーがいなくなった後はどうする? ひとりで家のことをするのは大変だろうし、とはいえおれたちは帰宅後だいたい疲労困憊してるから、家事代行サービスでも頼んでもいいなと思ってるんだが」
 
('A`)「わざわざ雇うの? いいよ、今さら家のことしなくなるのも落ち着かないだろうし、それで手に入るお金が減るのもムカつくし、僕がやるから賃金を上げて、何なら設備投資してくれない?」
 
(,,゚Д゚)「ふうん、まあいいだろう、やってみな。クオリティ的にだめそうだったらクビだけどな」
 
('A`)「その時は子供の労働力を搾取する親として告発してやる」
 
 そんなやり取りをしたのも今は昔、まさかこんなに短期間で姉のひとり暮らしが終わるなどとは誰も思わなかったことだろう。
 
 
3
 
 そんなわけで、我が家の家事用品は充実している。必要なものを僕が自分でリストアップして必要性とコストパフォーマンスをプレゼンし、勝ち取ってきた相棒たちだ。自然と愛着も湧き、上質な仕事と丁寧な使用を心がけることになる。それは僕にとっても決して悪いことではなかった。
 
 冷蔵庫の中身を確認して買い物の必要はないと判断すると、僕はシャワーを浴びることにした。頭をガシガシと洗いながら転校初日の学校生活を反芻する。
 
('A`)「う~ん、どうしようかなぁ」
 
 転校してきて今日から私立したらば学園の一員となった僕には選択しなければならない事柄がそれなりの量あるのだった。その大半が即決できることだけれど、そのうちいくつかは何度も脳内で議題に挙げては結論がなかなか決まらす、ついつい先送りにしてしまう問題である。
 
 前者の代表格は部活動をどうするかである。したらば学園はそれなりに部活動に熱心な学校であり、ほとんどの生徒は何らかの部に所属し、青春の汗を流しているらしいのだ。しかし、部活にまったく興味がない僕にとっては、所属が義務でない時点で考えるまでもないことである。
 
 そして後者の代表格は、ツンからのお誘いだった。
 
 同じクラスの前の席に座るかわいい女の子からのお誘いだ。断る理由はどこにもないと思われたが、ひとつだけネックとなっていることがあった。
 
 それは、そのお誘いが、ジョルジュの所属するバスケ部の練習試合を観に行こうというものだったからである。
 
 
4
 
川д川「え~、行けばいいじゃん」
 
 そんな僕の事情を知った貞子さんはあっけらかんとそう言った。思わず僕は口をとがらせる。
 
('A`)「嫌ですよ、聞けばそいつはバスケ部のエースらしいんですよ。それで学費も免除されてるんだとか。そんないけ好かないスポーツ・エリートの活躍するところをなんで観に行かなきゃならないんですか」
 
川д川「面白いよ、バスケ」
 
('A`)「バスケが面白いかどうかは今問題じゃなくてですね」
 
川д川「かわいいよ、女の子」
 
('A`)「あなたツンに会ったことないでしょうが」
 
川д川「ツンだって。もう呼び捨てにしちゃってさ!」
 
('A`)「そうしようとあちらから言われたんですよ」
 
川д川「あっちから誘ってきたって?」
 
('A`)「いやなんかブーンという男の子からもそう提案されましたよ。ドクオ、ブーンでいこうって。シタガクのひとは皆そうなんですか?」
 
 
5
 
川д川「どうだろう、どっちかというと内弁慶が多いと思うけどね」
 
('A`)「そうなんですか?」
 
川д川「幼稚園から小中高とエスカレーターできるからね。小学校とか幼稚園から入ってる子は周りが幼馴染に満ちているわけだから、社交性はあまり育まれないと思うけど」
 
('A`)「貞子さんはどこからシタガクなんですか?」
 
川д川「私? 私は中学からよ。この社交性のなさは生まれつき」
 
('A`)「そういう意味で言ったんじゃあないですけどね」
 
川д川「ふうん。ま、そういうことにしておこう」
 
 貞子さんは肩をすくめてそう言うと、バランスの良いスタンスでスローラインに立ちダーツを放った。
 
 僕と貞子さんが雑談しながらダーツの練習を重ねているのは、クーが父さんたちから権利を勝ち取り、根城としている離れだ。母屋にも一応クーの部屋はあるけれど、ひとり暮らしを解消させられることと引き換えに生活が可能なレベルまでリフォームさせたこの平屋をクーはとても愛している。
 
 そして、僕や貞子さんはこの離れに入り浸っているというわけだ。その入り浸り様は家主と言えるクーが不在の時間帯にも勝手に上がり込んで部屋を使用していることからも想像できることだろう。
 
 
6
 
 この平屋は広大な1LDKのような造りになっている。
 
 ワンの部分はクーの部屋だ。僕や貞子さんにも見られたくないものや貴重品が置かれているのだろう。そして元々何部屋かに分かれていたのであろうその他の部分は、ドアや壁がすべて取り除かれ、余裕をもってダーツに興ずることのできるLDKとなっているわけである。
 
 離れの鍵は昔ながらの方法で、非常に簡素な隠され方で僕らに提供されており、その在処は僕も貞子さんも知っている。だから本日母屋での仕事をひと段落させシャワーを浴びた後の僕がこの離れを訪れたとき、貞子さんがひとりでダーツ設備を使用していたとしても、僕はまったく驚きはしなかった。
 
 僕はきわめて冷静にお湯を沸かして有り余るほどある素麺の何束かを茹で、有り合わせのソーセージやシシャモを焼き、煮物の残りと一緒に貞子さんを誘ってテーブルに並べた。素麺はすぐに足りなくなって、追加で茹でた。
 
 そして食事があらかた済んだところで、貞子さんが僕に訊いてきたわけだった。
 
川д川「さてと、それじゃあ転校初日の高校生が抱える甘酸っぱい悩みごとでも聞こうじゃないの」
 
 そんなものはありませんよ、と即座に言うには、僕には結論を先延ばしにしているかわいいクラスメイトからのお誘いごとを実際抱えてしまっていた。そしてその気配を見逃さないタラバガニのような手足のお姉さんは、ホクホクと僕の話を聞いたのだった。
 
 
7
 
川д川「まあでも実際のところ、行こうと思ってるわけでしょう?
 
('A`)「思ってませんよ、まだ決めてないんです。なんなら、このままなし崩し的に行かないことになる可能性が最も高いんじゃないかと思ってます」
 
川д川「そうかなあ? だって行かないのって簡単じゃん、ただ断ればいいだけなんだから。それをぐだぐだと理由をつけて考えつづけようとしてるのは、結局、行く方の理由を考えているだけだと思うよ」
 
('A`)「ぐう」
 
川д川「それぐうの音? 流行ってんの?」
 
('A`)「ぐうの音くらいは出しとこうかなと思いましてね」
 
川д川「まあでも君の気持ちはよくわかる。何を隠そう、私も一人前に恋愛については臆病だからね!」
 
('A`)「それは一人前と言えるのですか」
 
川д川「ここは私がひと肌脱ぐとしようじゃないか!」
 
('A`)「脱ぐ・・?」
 
 貞子っぱいか? と僕は脊髄反射で考えた。
 
 
8
 
川д川「いやおっぱい見せるわけないだろ! あの姉にしてこの弟ありだな!」
 
 貞子っぱいを漠然とイメージした僕の頭の中が見えているかのように貞子さんはそう言った。確かにおっぱいを見せるわけがない。
 
('A`)(しかしよくおっぱいという単語が会話に出てくる家だなここは)
 
 僕はそんなことを考えながら、自分の方から先におっぱいと口に出してしまったことに気づいた様子の貞子さんをぼんやりと眺めた。どうやら非常に恥ずかしくなってきたらしい。おそらくは、黙ってただ眺められるのが何よりの苦痛であることだろう。
 
 その苦痛に耐えられなくなり沈黙を破ったのは貞子さんの方だった。僕はどちらかというと楽しんでいたのだから、当然といえば当然だ。
 
川д川「ああもう! ドクオくん! ダーツをするよ!」
 
('A`)「ダーツ。なんとも急な流れですね」
 
川д川「ここはダーツをするためにあるような部屋だからね。ひとつ私と賭けをしよう」
 
('A`)「どんな賭けです? まあ想像はつきますが」
 
川д川「負けた方は勝った方の言うことをひとつ聞かなければならないというあれでいこう」
 
 貞子さんはそう言い、世界中で使い古されてきたであろう条件を提示してきた。
 
 
9
 
 しばらく考える素振りを見せ、僕は頷くことにした。
 
('A`)「いいですよ。ダーツしましょう」
 
 実際のところ、おそらく僕は貞子さんの言った通り、少なくとも心のどこかではツンのお誘いには是非乗っかりたいと思っているのだ。ただその内容がジョルジュの試合観戦であって、明らかに気が合いそうになかった爽やかなスポーツマンがスポーツマンシップに則りハッスルする様を見たくはないだけである。
 
 僕には僕の歴史や話があるように、彼らには彼らの歴史や話があることだろう。これまで彼らが積み重ねてきた人間関係に太刀打ちできるとは思っていないが、ちょっとかわいいなと思っている女の子が人間的に僕とは真逆に位置していそうな男と仲良くしているところは見たくないのだ。彼らの関係性はフィクションであってほしい。
 
('A`)「僕が負けたらどうするんですか?」
 
川д川「君がバスケ観戦に行くきっかけをさずけよう。さあ行きなさい。う~ん、人生の先輩としてイイコトをしている気がする」
 
 そのようなことを口にしながら貞子さんがご満悦な様子になっているのは少々予想外だったが、要求の内容は寸分たがわず予想通りだった。まあそうでしょうねという感じだ。
 
 そこで、僕の要求も先に述べておくことにした。
 
 
10
 
('A`)「それじゃあ貞子さんが負けたら、貞子さんは僕におっぱいを見せてください」
 
 貞子っぱいっていうんですよね、と努めて何でもないようなことのように僕は貞子さんにおっぱいを要求した。
 
川;д川「お、おっぱい!? 何言ってんの!」
 
('A`)「いやァおっぱいですよおっぱい。青少年へのご褒美としてはポピュラーな内容であると、さるお姉さんから聞きました」
 
川д川「それ、三人称的な意味でのお姉さんではなく、お前の姉のことだろう」
 
('A`)「そうでしたっけ。さあさあダーツをはじめましょう、ゼロワンがいいですか? クリケット? 昨夜いいところまでいったのがゼロワンだったので、この賭けはゼロワンでもいいですか?」
 
川д川「ちくしょう、てめぇ、勝つつもりだな」
 
('A`)「もちろんそうです。そしてダーツ初心者の高校生へのハンデとして、僕にはダブルイン・ダブルアウトを免除していただきたい」
 
川д川「舐めやがって! いいだろう、かかってきなさい!」
 
 このようにして。試合開始前のドサクサにまぎれて僕は自分に有利なルールを上乗せすることに成功した。もちろんこれは貞子さんを舐めているからではなく彼女と自分の間にあるはっきりとした実力差を自覚しているから上乗せするルールなのだが。
 
 
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 素知らぬ顔で先手まで取れたらいいなと思っていたのだが、さすがにそこまでは無理だった。
 
川д川「ここまで譲歩してんだから、先手はもらうよ」
 
('A`)「どうぞどうぞ。ダブルインでお願いします」
 
川д川「くどい」
 
 大きくひとつ息を吐き、3本のダーツを左手に束ねた貞子さんはスローライン上に立った。バランスが良いという点ではいつもと変わらない構えだが、やや姿勢が異なっている。狙いどころがいつもと違うのだから、当然といえば当然だ。
 
 僕たちのような一般的なソフトダーツプレイヤーたちにとって、もっとも得点効率の良いのはダーツ盤の中央、ブルである。だから僕らは一般的にブルを狙う練習にもっとも長い時間をかける
 
 その姿勢が歪んでいる。いったいどこを狙っているのだろう?
 
 その答えはすぐにわかった。16ダブルだ。
 
 ピザの耳のようにダーツ盤の外周のなぞるダブルラインのうち、16の区間に貞子さんの放ったダーツは刺さっていた。
 
川д川「二度とそんな舐めた口をきけないようにしてやろう」
 
 残る2投をどちらもブルに突き刺しながら、貞子さんはそう言った。
 
 
12
○○○
 
('A`)(いやァ、あれは失敗だったな)
 
 翌日、実力テストの後半戦を迎えた僕は、ぼんやりとそのように考えた。
 
 挑発して平常心をかき乱す、あるいはプレッシャーを与えるつもりで貞子さんにおっぱいを要求した僕だったわけだが、その行動は完全に裏目に出ていた。これまで貞子さんとは何度も対戦してきたけれど、これほどまでにコテンパンに叩きのめされたのは初めてのことだった。
 
 貞子さんの残点が不自然な流れで82点になったとき、僕はひやりとするものが流れるのを背中に感じた。
 
川д川「宣言しよう。今からこれをブルに入れ、私は16ダブルでダブルアウトする」
 
('A`)「まさか、そんなことができると言うのですか」
 
川д川「見ていなさい、これがゾーンに入ったシューターのちからだ」
 
 はたして貞子さんはその言葉の通り、ブルで50点を計上した後、残りの32点を16ダブルでなめらかに沈めた。あまりの鮮やかさにスタンディングオベーションをする気にもならず、僕は肩をすくめて首を振るくらいの反応しかできなかった。
 
('A`)「あなたが神か」
 
川д川「約束を守りたまえ。そして、二度と私におっぱいを要求するのではない」
 
 貞子さんは完ぺきなプレイの締めくくりにそう言った。
 
 
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('A`)(それにしても凄かったな。投げればブルに入るって感じだったもんな)
 
 頭の中にある英単語の知識を回答用紙に書き入れながら、僕は惚れ惚れするような貞子さんのスローフォームを思い返す。それまでの僕との対戦はすべて手を抜いていたと言われても疑う気にならないようなダーツをしていた。
 
 そのような疑問を口にすると、貞子さんは否定した。
 
川д川「さすがにそんなことはないけどね。でも今、この瞬間は、ひょっとしたらダーツをはじめて一番調子がいいかもしれない」
 
('A`)「おっぱいリクエストのおかげですかね」
 
川д川「二度目はないぞ」
 
('A`)「かしこまりました」
 
 単純な知識問題を処理した僕は長文問題に取りかかる。僕はクーと同じく可能な限り少ない英単語力で英文読解をすることを誉れとしているので、集中力と、あらゆる知識と思考を総動員して英語の文章に挑む必要がある。
 
 大きくひとつ息を吐く。
 
 クーがバイトから帰ってくるまでの貞子さんとのふたりきりでのダーツタイムの思い出は、すぐさま僕の頭の短期記憶置き場から追いやられていったのだった
 
 
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( ´∀`)「それじゃあテストは以上モナ。わかってると思うけど、打ち上げとかいってお酒飲んだりしちゃあだめモナよ~」
 
('A`)「注意喚起が飲酒って。街行って遊ぶなとかじゃないんだ」
 
 最後の科目の答案を回収するモナー先生の発言に僕が素直な感想を呟いていると、前の席に座るツンがこちらを向いた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「うちはは自由な校風だからねぇ」
 
 普通の学校が容認するとは思えない、鮮やかな金髪をツインテールにまとめた学級委員がそう言うと、なんとも説得力があるのだった。隣の席からも肯定意見が寄せられる。
 
( ^ω^)「法律違反でもなければ怒られる気がしないお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「確かに。なんなら、法律違反でも罰則なければ黙認されそうな気さえする」
 
( ^ω^)「おっおっ、でも、あっさり認められてるとかえって違反する気にならないお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「それはあるかも。押さえつけられるから反発するのよね、若者は」
 
('A`)「僕らがその若者だけどね」
 
 ジジ臭い考え方かしら、とツンは言って小さく笑った。
 
 
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 後ろの席からの発言が聞かれないなと思っていると、それもそのはず、ジョルジュはとっくにいなくなっていた。例に倣って朝は遅刻してきていたので、彼と時間を同じクラスで過ごしたという気がまったくしない。
 
 何かで結果を出してさえいれば毎日の遅刻が容認されるというのも自由な校風の一環なのだろうか?
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうそうドクオ、もう決めた?」
 
 何を、としらばっくれても良かったが、どう考えてもバスケ部の練習試合観戦のお誘いのことだった。昨日のテスト終わりに雑談交じりに誘われたのだ。行けるかどうか確認してから返答する、と返事を保留し、僕は昨日逃げるように家に帰ったものだった。
 
 ツンはまっすぐ僕を見ている。到底誤魔化す気にはなれない視線だ。
 
('A`)「うん。よければ行こうと思ってる」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうこなくっちゃ!」
 
( ^ω^)「今日もツンはバスケ布教に熱心だお」
 
ξ゚⊿゚)ξ「使命感があるからね。フランシスコら宣教師たちも、こんな気持ちで活動していたのかしら?」
 
('A`)「まさかザビエルもこの現代に共感され、あまつさえ女子高生からファーストネームで呼ばれるとは思っていなかったことだろうね」
 
 
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 こうしてツンの方から再びお誘いしてくれたので、僕はただそれに頷くだけでよかったすんなりことが進んだ安心感がそうさせるのか、僕はブーンを巻き込めやしないかと考える。
 
 ジョルジュのことはやっぱり苦手だ。柔和な笑みで一緒に座ってくれるクラスメイトがそばにいたら、僕のテンションがだだ下がりになった場合でもツンに迷惑をかけることはないだろう。
 
('A`)「よかったらブーンも一緒に行かないか?」
 
( ^ω^)「おっおっ、いいのかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「もちろん! ドクオはいいこと言うわね」
 
( ^ω^)「う~ん、でも、行きたいのは山々だけど、その日はちょっと無理そうだお」
 
('A`)「何かあるのか? 帰宅部だろ?」
 
( ^ω^)「うん。実は、僕はバイトがあるんだお」
 
('A`)「バイトしてんだ!? どこ? 何やってんの?」
 
( ^ω^)「お? 興味ありかお?」
 
('A`)「実は僕もアルバイト先を探したいなとは思ってるんだ」
 
 ただ空き時間があるならダーツを投げたいのと、ノウハウを持たないバイト探しをはじめる精神的障壁を乗り越えられていないだけだ。僕には勤労意欲がある。何らかのきっかけを待っている。
 
 
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( ^ω^)「とはいえ僕のは実家で働いているだけだから、バイト探しの参考にはならないかもしれないお」
 
('A`)「そういうことね」
 
( ^ω^)「ちなみにバイト募集中だお」
 
('A`)「!」
 
( ^ω^)「さすがに国の定める最低賃金は守ってる筈だけど、正直時給が高いとは思えないお。それでもいいなら紹介するけど、どうするお?」
 
 判断を迫られた僕は考えることにした。正確にいうと、考えるふりをした。僕はそこまでお金に困っているわけでも欲しいものがあるわけでもないのだ。ただ帰宅部でほかの習い事もしていない高校生には膨大な自由時間があるので、それをできることなら金銭に変換したいと思っているだけである。
 
 ダーツの練習に支障がないのなら、賃金が安くとも比較的融通が利きそうな気がする友人の親絡みのバイトというのは、むしろ歓迎するべきかもしれない。
 
 つまるところ、僕はとっくにこの話を受けようと心に決めてしまっていたのだった
 
 
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('A`)「職種は?」
 
( ^ω^)「飲食業だお」
 
('A`)「レストラン的な?」
 
( ^ω^)「そんなオシャレなものじゃあないお。飯屋と居酒屋と喫茶店をまぜこぜにしたような感じの店だお」
 
('A`)「なるほどね。それじゃあお願いしようかな」
 
( ^ω^)「おっおっ、それじゃあ連絡してみるから、今から行くお? ついでに昼飯でも出させるお」
 
('A`)「話が早い」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あら、それならあたしも行こうかしら」
 
( ^ω^)「歓迎するおー。ドクオ、実はツンはうちの常連客なんだお」
 
('A`)「へェそうなんだァ」
 
 気のないふりを精いっぱいしながら、僕は見たこともないうちからこの店で働こうと固く誓った。
 
 
19
○○○
 
 ブーンの実家、『バーボンハウス』の扉を開くと、カランカランと鈴が鳴るような音がした。
 
 話には聞いたことがある。かつての喫茶店などには常識的に存在しており、そうしたところを舞台にしたコントの導入部で芸人たちが入店を表現する場合の効果音だ。自分の耳で聞くのは初めてのことだった。
 
 5つほどのテーブル席と長いカウンターで構成された店内は、茶店のようでもありバーのようでもあり、また定食屋のようでもあった。小ぎれいにしていてオシャレなのだが、なんだか妙に親しみのもてる雰囲気をしている。不思議な店だな、というのが僕の第一印象だった。
 
 カウンターの中にはパリッとした恰好のおじさんがいた。ブーンの父親なのかもしれない。このおじさんも店の雰囲気と同様に、恰好はきちんとしているのにどこかくだけた空気をしている。
 
(´・ω・`)「やあ」
 
(´・ω・`)「ようこそ、バーボンハウスへ。このラムネはサービスだから、まず飲んで落ち着いてほしい」
 
 おじさんはそう言うと、ラムネの入った水色の瓶を3本、栓代わりのビー玉を落としてカウンターへ置いた。
 
 どうして良いのかわからず、僕は隣のブーンを見つめる。ブーンはゆっくりとため息をついた。
 
 
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( ^ω^)「なんだお、その気取った態度は。普通にくれりゃあいいんだお」
 
 ズカズカと店内に入るブーンに促され、僕も不思議な雰囲気の空間に足を踏み入れた。カウンターに3人並んで座る。
 
 面接試験の場合、試験官に勧められるまで席についてはいけないという都市伝説じみた常識を耳にしたことがあるけれど、これははたして印象を悪くしないことだろうかと僕は内心冷や汗をかいた。
 
(´・ω・`)「やあツンちゃん、バイト希望なら直接言ってくれればいいのに」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あたしはバイト希望なら直接言いますよ。あたしじゃないです」
 
(´・ω・`)「ええ~? アルバイトは女の子がいいよぉ」
 
( ^ω^)「それ、今時セクハラで訴えられるお」
 
(´・ω・`)「訴えられたら勝てる気がしない。しょうがないから、男の子でもいいとしよう」
 
( ^ω^)「こちらがドクオ、僕の同級生で、アルバイト先を探しているお」
 
('A`)「はじめまして、ドクオです。あの、よろしくお願いします」
 
(´・ω・`)「う~ん、どうしようかなあ。・・よ~し、それじゃあ思い切って採用しようか!」
 
 迷っているようなことを言いながら、僕の採用は一瞬で決められた。
 
 
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(;'A`)「えっ・・いいんですか?」
 
(;´・ω・`)「えっ嫌だった!? さっきの女の子希望は冗談だよ、大丈夫大丈夫!」
 
('A`)「いや、僕は嫌ではないのですが、そんなに簡単に決めていいのかなって」
 
(´・ω・`)「ああそっち? いいのいいの、ブーンが連れてきた子なんだからどうせしっかりした子でしょ。それよりお父さん的には家に連れてくるような友達ができて嬉しいよ。こいつ、昔から人当たりはいいんだけど、あまり仲いい友達いなくってさ」
 
(#^ω^)「そのくらいでやめとくお。その調子で僕の幼少期の様子なんか話しだしたらぶん殴るぞ」
 
(´・ω・`)「やだやだ、多感な時期こわぁい」
 
ξ゚⊿゚)ξ「やだ~内藤の子供のころトーク聞きたぁい」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ほら、あんたも」
 
(;'A`)「えっ・・ええと、聞きたい聞きたい! いぇいいぇ~い!」
 
( ^ω^)「貴様らもそのくらいにしとくといいお。ドクオのアルバイト採用はまだ本決まりでないということをお忘れなく」
 
(;'A`)「やだ怖ぁい。ごめんなさい!」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あ、いち抜けやがった。裏切り者め」
 
 
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 裏切り者のそしりを受けることになったが、僕にはアルバイト先が必要だった。仕方のないことである。
 
('A`)(ん・・必要か? アルバイト?)
 
 少なくとも必須ではない、と僕は頭のどこかで即座に考えてしまうのだった。とはいえ今更「やっぱりいいです」とは言えない。
 
( ^ω^)「まったくもう。少なくとも、シフトとか時給とか、さっさと決めるべきことを決めるべきだお」
 
(´・ω・`)「それもそうだね。そのへんドクオくんに希望はあるの?」
 
('A`)「そうですね、ええと、ちゃんとバイトをしたことないのでよくわからないんですけど、イメージとしては週2か週3くらいでお願いしたいと思っています
 
(´・ω・`)「働くのは遊ぶ金欲しさ?」
 
('A`)「まあぶっちゃけるとそうですね」
 
(´・ω・`)「おーけい。いや、生活がかかってるのならこちらもそのつもりで考えないといけないからね。それじゃあとりあえず仕事覚えるまでは多めに入っといた方がいいだろうから、スタートは週3で、また慣れたころに調節することにしよう。ところで彼女はいるの?
 
 
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 唐突に恋愛事情を確認された僕は、その質問が予想外で小さく戸惑った。
 
('A`)「そんなこと訊くんですか?」
 
(´・ω・`)「ああ、プライベートな質問だからだめなのかな? でもこれ大事なんだよね、彼女持ちだとクリスマスは休みたいとか諸々あるだろうから、もしそうなら事前に把握したいんだ。答えたくないならそれはそれで構わないよ」
 
('A`)「いや、驚いただけで、別に僕は構いません。彼女はいないです」
 
(´・ω・`)「それはいいね。高校生だし、遊ぶ金欲しさだし、どれだけ仕事がさばけるかもわからないから、とりあえず国の定める最低賃金で雇いたいと思ってるんだけど構わない? もちろん能力に応じて時給アップは考えるけど」
 
('A`)「僕はそれで構いません」
 
(´・ω・`)「おっけー。ええと、ねえブーンほかに確かめることあったっけ?」
 
( ^ω^)「経営者なら把握しとけお。ほかは、給料の振り込み先とか、いつから入るか、あと高校生だから親の許可とか取らせとくべきじゃないのかお?」
 
(´・ω・`)「なるほどね、そうしよう」
 
 僕はブーンの言う通りにされた。
 
 
24
 
(´・ω・`)「それじゃあ僕は発注作業に入るから、ブーンとりあえず店見といてくれる?」
 
( ^ω^)「おっけーだお」
 
 そう言うとブーンはカウンターの奥の部屋へと姿を消した。
 
 店を見といて欲しいと言われて、それに同意したにも関わらず、店内から即座にいなくなったのだ。どういうことかと僕は戸惑う。しかし、僕が何かを訊くより先に、これがこの店の制服なのだろう白い厨房着と黒のスラックスにエプロンという格好になったブーンが店内へ再入場してきた。
 
 どうやら着替えに行っただけらしい。
 
(´・ω・`)「それじゃあよろしく。お昼まだだろ、ブーン、何か食べさせてあげな」
 
( ^ω^)「おっおっ、それじゃあツンのとこで待ってるといいお」
 
('A`)「ツンのところ・・?」
 
 そう言われて僕はツンが僕らのところを離れ、既にテーブル席に座っているのに気がついた。
 
 
25
 
 いつからいなくなっていたのだろうか。ツンはテーブルの上にタブレット端末のようなものを広げ、何やら作業をしている様子だ。僕が近づくと顔を上げ、ラムネの瓶を傾けた。
 
ξ゚⊿゚)ξ「もう面接は終わったの?」
 
('A`)「どうやらね。たぶん採用になったんだと思う」
 
ξ゚⊿゚)ξ「それはよかったわね。あ、バスケの日はシフト入れないでね」
 
('A`)「ああそうだった、言っとかないとな」
 
 大きくひとつ息を吐き、僕はツンの向かいに腰かけた。ラムネの瓶を傾けると懐かしさを感じる爽やかな液体が口の中に導かれてくる。欲求の通りに飲み込むと、緊張からの緩和と相まって、美味と快感が同時に喉を通っていくのを感じた。
 
 ツンの方に目をやると、作業がひと段落ついたのか、大きく背伸びをしていた。話しかけてもよさそうだ。
 
('A`)「それって何をしているの?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「これ? ジョルジュの試合の動画編集よ。あいつの悪いところを徹底的に突きつけてやるの」
 
 ツンは楽しそうにそう言った。
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「本当は夏休み中に終わらせときたかったんだけどね、ちょっと間に合わなかったから今やってるの。試験勉強とかあったから」
 
('A`)「試験勉強! 実力テストって勉強して受けるものなの?」
 
 その名の通り今の実力をそのまま投影させるべき試験で、なんなら現状把握のためには対策をしない方が望ましいと考えていた僕は驚いた。シタガクの常識は違うのだろうか?
 
ξ゚⊿゚)ξ「いやぁどうかな、普通のひとはしないかも。でも、あたしは少なくとも学年3位くらいには入っておきたいから、毎回勉強することにしているの」
 
('A`)「学年3位か、凄いな・・」
 
ξ゚ー゚)ξ「少なくとも、ね」
 
 勉強熱心な学級委員はニヤリと笑ってそう言った。
 
 少なくとも、とわざわざ付けるということは、当然学年トップを目指して勉強しているのだろう。僕には一生備わることがないかもしれないモチベーションだ。どこからその意欲が湧くのか純粋に知りたいものである。
 
 
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ξ゚⊿゚)ξ「でもドクオも成績悪くはないんでしょ? 編入でうちに入ってこれるくらいだし」
 
('A`)「悪くはないと思うけど、そこまで飛びぬけて良くもないよ。試験で学年トップなんて、想像したことも一度もないな」
 
 正直なところを僕は語った。
 
 僕たちは高校2年生だ。受験生でもないのに試験勉強に対して自主的に努力を積めるとは、僕とはまったく違った世界に住む人なのではないかという気さえする。
 
('A`)「凄いなあ。テストで良い点取って、何か特別いいことあるの?」
 
 素直にそう言った瞬間、失言であることに即座に気づいた。ナチュラルに馬鹿にしているように聞こえかねない発言だ。僕はただ純粋にツンの勉強に対するモチベーションを知りたいのであって、反語に近い発言をしたいわけではないのだ。
 
 気を害されても仕方ないとゼロ秒で覚悟を決めたが、ツンは再びニヤリと笑って見せただけだった。
 
ξ゚ー゚)ξ「ないわそんなもの、と答えられたらカッコ良かったかもしれないけれど、あるわ。あたしは大学の推薦が欲しいの」
 
 
28
 
('A`)「すいせん? そんなに成績いるっけ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「あたしが欲しいのは医学部推薦だからね。VIP大学医学部の、地域枠というのを狙っているの」
 
('A`)「ちいきわく?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「地元出身の学生をもっと増やそう! みたいな感じね。結局、医師は最終的に地元に帰って働きがちだから、大学、というか地域医療的に必要性があるみたい。地方によってはまだ医師不足なんて話もあるし、意外とこういうの多いのよ」
 
('A`)「へぇ~、地域枠ね。学年トップクラスじゃないと難しいんだ?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「なんせ、県全体から2枠だからね。学年トップっていったって、この学校の話でしょ? この県内にいくつの高校があるのかしら?」
 
('A`)「・・少なくとも、3校以上はあるだろうね」
 
ξ゚⊿゚)ξ「ね。トップクラスくらいの成績は少なくとも欲しいでしょ?」
 
('A`)「理解した」
 
 お手上げのポーズで僕はそう言った。
 
 
29
 
 しばらく待つと、ブーンが山盛りのカレーをお盆に載せて僕らのテーブルにやってきた。山は3つだ。どうやら自分も食べるつもりらしい。
 
ξ゚⊿゚)ξ「やった~、ここのカレー美味しいのよねえ」
 
('A`)「結構な量だな、ツンはこんなに食べられるのか?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「カレーは飲み物。まかせなさい」
 
( ^ω^)「おっおっ、たくさん食べるといいお」
 
 確かにカレーは旨かった。これまでに食べたカレーの中で一番気に入ったと言っても過言ではないかもしれない。望めばおかわりもしていいとブーンが言うので、この後いやしく腹いっぱい食った奴ほど苦痛の続く毒ガスが散布されるのではないか、と冷や冷やしながら僕は胃袋にカレーを詰めた。
 
 どう考えても食べすぎた。米がお腹の中で水を吸って膨張しているのが如実にわかる。単純に苦しいからだ。
 
 そして、どうやら食べ過ぎたのは僕だけではないようだった。
 
ξ゚⊿゚)ξ「う~苦しい。もう作業したくない」
 
 でも幸せ、とツンは満足そうな顔で言った。
 
 
30
 
 ジョルジュのための動画編集なんてやめちまえよ、と言えればよかったのだが、僕にはできないことだった。
 
 その代わりに水を飲む。腹にものを入れすぎて今まさに苦しんでいるというのに水を飲みたい欲求が生じるというのが自分のことながら実に不思議だ。
 
 何も言えずにいる僕とは対照的に、ブーンは何気ない口調で訊いた。
 
( ^ω^)「僕ももう働きたくないお~。その作業は急ぐのかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「そうねえ、急ぐっちゃ急ぐかな。できれば夕方までに片づけて、ジョルジュのところに持っていきたいから」
 
( ^ω^)「それは大変だお、コーヒーでも淹れようかお?」
 
ξ゚⊿゚)ξ「なんて素敵な考え。コーヒー代はちゃんと出させていただきます」
 
( ^ω^)「毎度ありだお~。ドクオもどうだお?」
 
('A`)「――いただこうかな。この店、営業もするんだな」
 
( ^ω^)「客単価を上げるのは大事なことだお!」
 
('A`)「なんという従業員の鑑」
 
 
31
 
 ついさっき働きたくないと言っていた筈の同級生は、滑らかな動作で僕らの使用済み食器をまとめてカウンターへと去っていった。それがきっかけになったのか、ツンは再びタブレット端末をテーブルに広げ、何やら作業を開始する。
 
 集中している様子のツンを邪魔するつもりは僕にはなかった。窓から外の景色を眺める。どうやらこの店の裏には庭が広がっていて、家庭菜園のようになっているらしい。そこで採れた野菜を料理に使ったりしているのだろう。
 
 学校が終わってブーンやツンと一緒にこの店まで歩いた時には雲一つない青空だったが、今ではどんよりと曇っている。雨でも降るつもりなんじゃないかと思わせる暗さだ。
 
 スマホで天気予報を確認すると、さすがに雨は降らないらしい。
 
( ^ω^)「どうぞ、バーボンハウススペシャブレンドだお。砂糖とミルクはお好みで」
 
ξ゚⊿゚)ξ「うい~」
 
('A`)「ありがとう」
 
 コーヒーが来た後もツンは集中を切らさなかった。ブーンは店のことをしなければならないのだろう。この店内で、僕ひとりだけがなんだか手持無沙汰だった。
 
('A`)(――これ飲み終わったら、次来る日だけ訊いて、ほかに何もなければ帰るか)
 
 
32
 
 空模様も怪しいし、という言い訳を頭に浮かべながら僕はコーヒーをすする。明日からは実力テスト期間も終わり、通常授業となることだろう。
 
('A`)(部活もすぐに始まるんだろうに、わざわざ家に急いで編集した動画を持っていくってことは――)
 
 おそらくツンとジョルジュは付き合っているか、少なくともそれに準ずるような関係なのだろう。学年トップクラスの成績をしている医学部志望の学級委員と、スポーツにもそれなりに力を入れている私立高校のバスケ部のエース。なんとも絵に描いたようなお似合いの組み合わせである。
 
 大きくひとつ息を吐く。
 
 帰り道は努めてダーツのことを考えながら歩こう、と曇り空を眺めながら僕は思った。
 
 
   つづく